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水牛だより

歩くとわかる

自宅から歩いて10分ほどのところに大型のスーパーマーケットがある。このあたりではもっとも大きく、もっとも新しい店舗だ。チーズの売り場には、うすくスライスしたミモレットがある。熟成したチーズの固さと薄さがとてもよくておいしい、赤ワインといっしょだとさらにおいしい。だからときどきこれだけを目当てに買いにいく。チーズ売り場のとなりは当然のようにワインのコーナーで、開店当時から片隅にジョージアワインが置いてあることを知っていた。少しずつ売れて、残り2種類それぞれ2本ずつになっていたので、はじめて一本買った。

おもに大型の集合住宅が連なる住宅地に出来たスーパーマーケットは住んでいる人たちにとってはありがたいことだろう。自宅からすぐのところには小さなスーパーマーケットがある。床面積は大型のものの十分の一くらいしかないが、ふだんはなんとかそこで間に合わせている。でもそこにはミモレットはないから、ときどきは足を延ばすわけだ。

歩いていく道は住宅地なので、退屈だから、左右をよくよく眺めて、おもしろそうなものを探してしまう。最近建った一軒家があり、黒っぽい色の建材で四角くおおわれていて、窓がひとつもない。いや正確には北側の壁に細い小さな切れ込みのようなガラスがあるが、あれはとても窓とは呼べないと思う。一日中ずうっと外からのあかりのない家なのかと驚いてしまうが、しかし、建築中に一度見たところでは、黒っぽい囲いのなかにはちゃんと庭があって、木が2、3本植えてあった。そして、建物の上部はなににも覆われていなかったから、そこからは外に通じていたのだ。完成した家がどんな構造になっているのかわからないが、もしかしたら、居住部分も窓がないかわりに、屋根は透明で開閉もできるのかもしれないと想像してみる。自分とはまったく関係のない家のことだけれど、そうだったら少しホッとする。

歩いていく道の左右には一軒家や集合住宅しかない。ある集合住宅の道路に面したちいさな片隅はいつ通っても、色とりどりの小さな花が咲いている。花は可憐に咲いているが、なんとなく無造作な感じが好もしくて、いつも見とれる。植えられた花は枯れるまで放置されて、のびのびと寿命をまっとうしているのだと思う。その花壇の写真、上ふたつは先月、下ふたつは昨日撮影した。愛らしい。

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# by suigyu21 | 2022-01-31 20:19 | Comments(0)

きみとぼくと

2021年最後の日。いつものように、夫が淹れてくれる朝のコーヒーを味わってから起き上がり、コンピューターをオンにする。そしていろんなことばを目にするのもいつものとおりだ。きょうは見知らぬ人のこんなひと言にであった。

「国も社会も、誰も助けてくれない2022年を、せめて、きみとぼくと助けあって、言葉をうけとりあって、生きていかなければ。」

わたしはときには「きみ」であり、ときには「ぼく」でもあるだろう。助けあい、言葉をうけとりあい、生きていく。そうすれば、暗い暗〜い2022年にだって小さく灯る火はある、かな?


# by suigyu21 | 2021-12-31 21:44 | Comments(0)

ステイ・ホーム

ステイ・ホームと言われて、できるだけ家に閉じこもっていたわけだけれど、どうしても一日に一度は外に出ないと、生きていけないという気がした。生活が成り立たないとも思った。家というのは雨風を気にしないで安楽に寝られるスペースであって、そこには家族がいたりいなかったりするが、必ずしも家だけがホームというわけではないのだった。ホームとは家から広がった一帯を指すと思うようになったのは、家に閉じこもる時間が多くなったからかもしれない。

家は、東京に限らず都市ならどこでもたいへんに狭い。生活のすべてをそこでまかなうのはとうてい無理だ。だから、生活は家の外に広がっている。あたらしく必要になった食べるものや着るものも、外にしかない。外に出ていき必要なものをゲットしなければ、生活は成り立たない。その外の部分を含めたところが、いわばホームだ。狩猟採集民と同じではないか。都市の生活と狩猟採集社会の生活はじつは似ている。スーパーマーケットやコンビニは近くにあるとても豊かな森のよう。なんでもあるからといって、そのとき必要でないものは採集しない。でもはじめて見るジャンク・フードは一度は買ってみる。いろんな人が行き来する森はみんなのホームの一部だから、大事にしなければならない。

自分は狩猟採集民だという意識をできるだけ強く持ち続けて、簡素なその日暮らしを生きてみたい。冬でも夏でも、晴れているなら明るい時間の半分くらいは家の外で暮らしたい。そんなステイ・ホームなら、文句はありません。

# by suigyu21 | 2021-12-01 16:34 | Comments(0)

歳をとる

いくたびか老いゆくわれをゆめみつれ今日の現実(うつつ)は夢よりもよし
(片山廣子 昭和16年 65歳)


コロナ禍がやってくる前のことだったと思う、マスクはしていなかったから。夫がピアノを弾く小さなコンサート会場で、前半と後半のあいだの休憩のときに、ひとりの女性に話しかけられた。わたしよりも20歳くらい年下に見えるひとだった。「これまでコンサートを楽しませていただきました。じつはもうすぐ遠いところへ行くので、今回が最後になると思います。ありがとうございました」と言われ、「そうですか。どうかお元気で」と答えた。コンサートの後半が始まる。その人はわたしの2列前の席にすわっていた。よく見ると、首の細さがとても目立っていて、病気で痩せていることがわかった。遠いところへ行くということばがよみがえって、あ、そういうことか、と思った。コンサートが終わり、席を立って出口に向かうその人の肩に手をふれて、「さきほどおっしゃったことの意味がわかりました。どうかお元気で」と言って、お互いににっこりして、別れた。どうかお元気で、というのは遠くに行くまではそうしていてほしいというわたしの望みだったが、適切な言いかただったかどうかは疑わしい。

コロナ禍がやってきて、人と会う機会が減り、外出する機会も減ったので、髪を染めるのをやめてみることにした。自分のありのままの髪がどんな様子なのかも知りたかった。髪を染めるのはじゅうぶんに楽しんだし。染めた髪がのびてくると、染めたところと染めていないところの差が気になって、なかなかそのままにできないことは経験者ならよくわかるはずだ。

次第に染料が落ちて、髪も伸び、全体に白い感じが強くなっていくころ、電車に乗ると席を譲られることが何度かあった。髪だけではなく、姿勢その他を含むわたしの全体が年寄りじみていたのか。乗ったらすぐに空いた席を探してもいたから、それは見ている人にはよくわかったのだろうと思う。一年あまりが過ぎて、自分の白髪頭に慣れたら、不思議に席を譲られることがなくなった。

ルース・オゼキ『あるときの物語』(田中文訳 早川書房 2014)を読んだ。上下2巻の長いものだったが、下巻まで到達すると、読むのをやめられなくなって、めずらしく2日くらいで読み終えた。寝転んで読んでいても眠くならなかったのだ。そのなかのほんの一節を引用する。カリフォルニア育ちで日本に帰ってきた高校生の女の子が104歳になる祖母のことをこんなふうに書いている。


「あなたにものすごーく年をとった人と一緒に過ごした経験があるかどうかは知らないけど、なんていうか、とんでもなく強烈なの。つまりね、彼女たちにはまだほかの人間と同じように、腕も脚もおっぱいもお股もあるけど、ものすごーく年をとった人っていうのは、どちらかと言えばエイリアンとか、宇宙からやってきた生き物に近い気がするの。これが適切な表現じゃないのはわかってるけど、ほんとなの。ETか何かみたいで、年寄りでもあり若くもあり、動き方だってゆっくりで用心深いと同時に唐突だったりして、そこがまた地球外生命体っぽい。」


生まれてきて、この世界で生きていれば、歳をとることは避けられない。誰でもわかっているのに、歳をとることにはなぜかマイナスのメージがつきまといすぎている。歳をとれば、見た目はもちろん「年寄り」だし、動作その他はゆっくりになり、目は見えにくく、耳も聞こえにくくなってくる。やる気というのもあまり出てこない。老化、と呼ばれているそれらのことは、生きている自分自身に起こる変化であって、いまいるここから、次のステップというのか、異界というのか、遠くに行くために必要なことなのだと思う。エイリアンになるのも地球外生命体になるのもいいなあ。移行するための変化を軽い気持ちで受け入れて、穏やかな夢のなかにいるように生きていきたい。


# by suigyu21 | 2021-11-01 10:34 | Comments(0)

波乗りおばあちゃん

足元の堆積を片付けていたら、フォルダのなかからむかしの新聞の切り抜きが出てきた。朝日新聞2008年5月26日の記事で、「70代 波乗りおばあちゃん」というタイトだ。浦本房江さん(77)と今野礼子さん(79)がこどものころに移住したブラジル南東部の港町サントスでサーフィンにやみつきになったという。浦本さんは1933年、2歳のときに家族とコーヒー農園に入植し、その後サントスに移ってからは港の近くで軽食店を営み、70歳で引退。それからサーフィンをはじめた。ボードに立って波に乗っている写真がある。「立って乗れると、天下を取ったような気分になる」というコメントがかっこいい。

大学を卒業して勤めた小さな出版社は、いま思うと相当なブラック企業だった。大小さまざまなストレスにさらされつつも毎日通ったのは、いまよりもっと世間知らずだったからだろう。通勤電車の窓から千駄ヶ谷にあるスケートセンターの看板を毎日見ていて、ある日の帰りにふと、滑ってみようと思った。フィギュアスケートをやっていた叔母に連れられて、何度か滑ったのは小学生のころ。こどもだったからか、叔母のおしえかたがよかったからか、最初からなんとかスイッと滑ることが出来たのだった。10年ぶりくらいに靴を借りて、氷の上に立ってみると、10分後くらいには滑りかたがよみがえってきて、自分としては快適に氷に乗れるようになった。そして、滑っているときは滑っていることが快適で、そのことだけに集中するから、ストレスなどはどこかに置き去りにして、自然にリフレッシュしてしまう。発見でした。

白いスケート靴を買って、ずいぶん通ったけれど、なぜやめたのか、記憶にない。ストレスがそれほどでもなくなったから? あるいは会社を辞めたから?

波乗りは波がなければはじまらないし、スケートは氷がなければはじまらない。波や氷のちからを借りて、自分を軽く感じられるところがいい。波や氷が身近にあれば、きっとやみつきになる。波乗りおばあちゃんの記事を読むと、いまの自分にもまだどこかに可能性があるように思えてくるが、はて。。。

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# by suigyu21 | 2021-10-01 21:40 | Comments(0)