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水牛だより

「水牛」を続けて

今世紀になって、インターネットが自分でも使えるようになり、それならそこで「水牛通信」のようなものをやってみようと考えた。「水牛通信」は前世紀のおしまいに近いころに出していたミニコミ。ほんの20年ほど前のことだが、当時のインターネットは電話のダイアルアップ接続で、接続している間は通話料金がかかった。いまのように常時接続なんて、とても考えられないことだった。

HTMLファイルを事前に用意しておいて、公開日になったら電話接続してアップする。それからきちんとアップできているかどうかチェックするのだが、ともかく遅い。テキストだけで遅いのだから、画像を使うなんて論外だった。原稿はなるべく短くしてね、などとお願いしていたような気がする。

しばらくして、個人が自由に発信できるブログが人気となった。「水牛」のように何人かの書き手が同じところに並んでいるというサイトはあっという間に古くさく見えるようになった。しかし、「水牛」は雑誌だと思っているので、古くさくてもかまわない。いろんな人が水牛という場にいて、いろんなことが書いてある。それが大事なのだ。書く人が「水牛」を自分の書く場だと感じてくれるのがもっともうれしい。

長く続けているという自覚はあまりないが、実際には20年近くになる。長いこと続けられている秘訣は何ですか、とときどき訊かれるけれど、秘訣などというものはない。答えに窮して「う〜ん、惰性かな」と言ったら、笑われた。しばらくたって、フェルナンド・ペソアの言葉を見つけた。「活発な惰性の力を借りて自分自身の奴隷になる以外には、私は働く気にならない。」活発な惰性、それだ!

「水牛」に原稿料はない。経済から自由だと言ってみたりするが、ひょっとするとこれは一番のマイナス点かもしれないとは考えている。でも、経済や金銭しかない世界のひとつの頂点とも言える、いまの総理大臣の貧しさを日々見るにつけ、「水牛」はこれでいいのだ、と思えてくる。

きょうは2020年の大晦日で、明日は2021年の元旦。「水牛」の更新の日でもある。これを書いている間にも、原稿が届く。でも半数近くは今夜寝ている間に届くから、公開までの時間はあまりない。最低限のゆるい編集しかできないのは、かえっていいことだと思うようになった。

「何事であれ、考えようによっては、驚異にもなれば障害にもなり、すべてにもなれば無にもなり、道にもなれば悩みにもなる。そのたびに異なった方法で考えるなら、それだけで革新し多様化することになる。」これもペソアの言葉です。

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# by suigyu21 | 2020-12-31 15:29 | Comments(0)

時間が見えるとき

買い物を終えて、電車で自宅に帰るべく、駅の改札を通ってから、長いエスカレーターでプラットフォームに上がる。プラットフォームは東西にのびていて、上がったところはその東の端だ。上がりきったとたんにオレンジ色の西陽を全身に受ける。

太陽は正面に見えるビルの上にあって、これからビルの向こうに沈もうとしているところだ。そういえばあのビルの向こうに、昔は富士山が見えたのだ、晴れた日にはくっきりと。わたしはプラットフォームを西に向かって歩いていく。電車が来るまであと数分だ。まぶしいので、ときどき目の上に手のひらをかざしてしまう。少し吹いている風も感じるし、歩いていく先には川も見える。やはり地上のプラットフォームはいいなあと思う。

気持ちよく歩いていると、太陽はどんどん沈んでいき、電車が到着するまえにビルの影に見えなくなってしまった。こんなに地球は動いている。時間を目で見たという感じはしたが、いま、という時を見ることはできなかったと思う。いまという時は動きをとめることがない。

そんな時間について、片岡義男はこんなふうに書く。
「 私鉄の駅に向けて歩いていくあいだ、なにごとかが終わっていくのを、自分のぜんたいとして、彼女は感じた。夏は終わった。その夏とともに、失われたものが、あるのではないか。失われて二度と戻らないそれはなになのか。ほかに人のいない階段を降りていくミレイは、失われて二度と戻らないものは、この自分ではないか、と感じた。
 ついさきほどの自分は、もはやどこにもなかった。失われたと呼ぶなら、それは決定的に失われた。この階段を降り始めたときの自分は、ほんの二、三分前なのだが、取り返すことなど、誰にも出来ないほどに、完全に、失われた。刻々と自分は失われていく。消えていく。おなじ自分がここにいて、階段をさらに降りていくのだが、つい先刻のあの自分は、もうどこにもいない。自分は少しずつ失われていくのではないか。自分が失われていくとは、これまでの日々が終わっていくことだ、と彼女は考えた。」

そして、吉田健一を思い出す。
「日差しが変って昼が午後になるのは眼に映る限りのものが昼から午後に移るのでその光を受けた一つの事件もその時間の経過によって人間の世間に起った一つの出来事と呼んで構わない性格を帯びる。もし時間が凡てを運び去るものならばそこに凡てがなくてはならない。そういうことを考えていて唐松は一般に陳腐の限りであるように思われて脇に寄せられていることがその初めの意味を取り戻して時間のうちにその手ごたえがある形を現すのを見た。それが例えば人生であって人間が生れて死ぬまでの経過はそれとともに時間が運び去った一切があってその人間の一生と呼ぶ他ないものになり、そういう無数の人間の一生がその何れもが人間の一生であるという印象を動かせなくしてそこに人生がその姿を現す。又一日は二十四時間でなくて朝から日が廻って、或は曇った空の光が変って午後の世界が生じ、これが暮れて夜が来てそれが再び白み始めるのが、又それを意識した精神が働くのが一日である。そのことを一括して言えばそれが生きるということだった。」

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# by suigyu21 | 2020-11-20 19:32 | Comments(0)

ゆれる

書いてみようかな、と思うちいさなことがゆらゆらと、ときどき頭をよぎる。外を歩いているときが多い。だから帰宅したときにはほぼ忘れているけれど、書いても書かなくてもどっちでもいいようなことを思いつくのは案外楽しい。

おそらく、思いついたらさっさと書くのがいいのだ。思いついたときこそ、ちいさなことをいきいきと感じているのだから。じっくり考えたりすると、つまらなくなる。

書いても書かなくてもいいが、書かないほうがちょっとだけいいこと、というのを書きたい、だったか、書くようにしている、だったか、そう北杜夫が書いているのを読んで、心から納得したのはどういうわけなのか。読んだのは半世紀は前だが、忘れられない。

コロナの夏が過ぎ、コロナの秋が来た。人間界の出来事と関係がないとは言えないだろうが、見上げれば空は高く青く、秋そのものだ。花咲く萩の枝が風にゆれている。
 

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# by suigyu21 | 2020-09-30 21:29 | Comments(0)

8月1日、夏がはじまる

何日かぶりでレースのカーテンごしに朝の太陽の光が届く。部屋のなかの余分な水分が蒸発していく感じでとても気持ちいい。そのまま顔もあらわずに寝床でごろごろして、ずっと本を読みたいと思うけれど、きょうは水牛の更新の日なので、そうもいかない。

きのうは午後、久しぶりに片岡義男さんと会って、コーヒーを2杯ずつ飲んだ。最近よく行くそのコーヒー屋はいまはテイクアウトのみ。でも店舗の外に小さな木のベンチが置いてあるので、そこに腰掛けて紙コップのコーヒーを飲む。差し向かいでなく、横に並んで飲むのもなかなかいいものだ。道行く男の人が私たちを見て足をとめ、あまりにおいしそうだから僕もコーヒーを飲みます、と行ってお店に入っていった。ちょっとだけ売上げに貢献したのだ。

片岡さんは「世界に一本だけのボールペンです」と言って、カランダッシュのボールペンをくれた。もとは何色だったのか、その塗装をわざわざナイフで削り落とし、その後にサンドペーパーで磨いたという。いわば裸のカランダッシュはきれいな銀色だ。きれいだし、ほんとうに世界に一本だけのボールペンだけれど、片岡さん、ヒマなんですね。。。

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# by suigyu21 | 2020-08-01 11:40 | Comments(0)

親指シフトキーボードを使う人

「富士通株式会社は、親指シフトキーボード3製品、および日本語ワープロソフト「OASYS V10.0」、日本語入力ソフト「Japanist 10」の販売を2021年中に終了し、2024年または2026年にサポートを終了すると発表した。」

というニュースを読んだのはついこの間のことだ。はじめて使った日本語ワープロは1990年代の前半だったと思うが、「OASYS」だった。当時月刊で発行していた「水牛通信」の版下を、ワープロで作ってしまおう、ということになって、そのためにデスクトップ型の高価な「OASYS」を買ったのだった。親指シフトキーボードは使いはじめて、すぐに慣れた。日本語の入力に特化されているので、慣れると対談なども、聞きながら入力できるようになった。記憶媒体は8インチのフロッピーディスクで、ペラペラのディスクが紙の袋に入っていた。

そんな20世紀の後半から21世紀になって、片岡義男さんと仕事をするようになった。片岡さんも親指シフターだった。原稿は、フロッピーディスクで郵送されてくる。封筒に入っているディスクはもう3.5インチでプラスチックケースに入っていて、一枚のこともあり、数枚のこともあった。私はそのころは「OASYS」のワープロではなく、すでにAppleのデスクトップ型のパソコンを使うようになっていた。DTPが必要になっていたからだ。親指シフトはすっかり忘れて、ローマ字入力に移行していた。当時のパソコンにはまだフロッピーディスクリーダーがついていた。フロッピーディスクサイズの入り口(?)が本体の横にあいていて、そこにディスクを差し込むと、中身を読み取ってくれる。

そのうち、買い替えたパソコンはデスクトップ型からノートに変わり、薄く軽くなって、フロッピーディスクを読み取るための入り口はなくなってしまった。フロッピーディスクに入る程度の容量はネットで受け取れるようになっていたのだ。しかし片岡さんからはあいかわらずフロッピーディスクが送られてくる。しかたなく外付けのフロッピーディスクリーダーを買った。なにひとつ、問題はない。

数年ほどたって、片岡さんは親指シフターだからなのだろう、富士通のパソコンを使うようになった。片岡さんが「使う」のは、私にとっては原稿がメールで届く、という意味だ。こちらからもメールを送ることができるようになったのだ。しかし、片岡さんは原稿を送るための装置としてメールを使っているだけで、こちらからの返信を待っていたりはしないのだった。

片岡さんからメールで届く原稿は、すべて添付書類だ。どういうシステムなのか訊いてみたところ、原稿はOASYSのワープロ機器で書く。そのワープロには通信機能がついていないので、原稿をフロッピーディスクにコピーして(あるいはワープロの記憶媒体がフロッピーディスクなのかもしれない)、そのフロッピーディスクに入ったテキストファイルをパソコンで読み取ってメールで送る、ということだったと思う。受け取ったメールを開くと、一つから数個くらいまでのテキスト書類が添付されているだけで、メールの本文にあたるものはない。まず添付書類を保存して、それから開いてみる。ワープロで書いたそのままに、原稿は20字で改行されている。その設定は行数で原稿の分量がわかるからに違いない。受け取る側にとっては、20字ごとの改行は必要のないものなので、まずは削除するが、段落は活かさなければならず、注意が必要な最初の作業だ。さらに親指シフトに特有の誤入力にも注意する。

外付けのフロッピーディスクリーダーは不要になって、片岡さんに進呈した。いまも現役かもしれないし、そうでないかもしれない。ローマ字入力は慣れてみればどうということもないですよ、と言ったけれど、安易に移行しないところが片岡さんの片岡さんらしいところ。未使用のOASYSが一台、戸棚のなかに確保してあるらしい。起動してみると、動かないかもしれないですよ、などと言ってみても、見事にぜんぜん動じません。

片岡さんからはときたま、原稿以外のメールが届く。そして、そのメールの本文はもちろん、20字詰めの添付書類となっている。メールをもらうのはうれしい。が、送るための原理がわかるだけに、お手数をおかけしました〜、という気持ちにもなります。


# by suigyu21 | 2020-05-31 20:08 | Comments(0)