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水牛だより

「トロイメライ」の予約開始です

トロイメライ——子供の情景(2008)
如月小春原作(1984)によるポータブル・シアター
9月19(金)19.00  20日(土)19.00 21日(日)15.00
シアターイワト(神楽坂) 4,000円

高橋悠治:構成、台本、作曲、ピアノ

白く明るい 言いようのない痛ましさ 少年の心にひろがる空白を いまにも切れそうな細い糸でつなぎとめて いのちの側へとひきもどす少女の物語を 断片となったことばと音と沈黙の織物として再構成し 数年前にこの世界から消えてしまった如月小春の影を追う夜の航海

Ayuo:声、ギター
遠藤良子:サキ
鈴木光介:カイ
梶屋一之:人類

音響:島猛/協力:水牛/制作:シアターイワト
予約メール:haru@jazz.email.ne.jp
【問】03-5228-6403 http://www.theatre-iwato.com

   * * *
 
台本は7月の終わりに出来てきた。A4で20枚ほどの分量。如月さんの原作は、かなりことばが多く、みんなおしゃべりだが、そのテキストは徹底的に刈りとられて、いわば骨格だけになってしまった印象。それでも登場人物は出演者の数より多いから、いま誰かだった人が次の台詞では違う人になっていることもある(らしい)。

この公演にチケットはありません。メールか電話で予約して、当日受付で精算をしてください。一日限定100人のちいさな劇場です。早めのご予約をぜひ!
# by suigyu21 | 2008-08-01 00:51 | トロイメライ | Comments(0)

夏は好きだけど

陽ざしを避けるためにカーテンをしめた薄暗い部屋でごろごろしながら、冬に冬眠というのがあるのだから夏には夏眠があってもいいのに、と思う。みんなが氷室のようなところで外の暑さも知らずにぐっすり寝ていれば、脳はやすまるし、世界もなにか沈静するのではないかしらん。冬眠するのは人間でなく動物だというのがこの考えの難点ですが。

しかし熱帯の人たちはほんとに暑い時間は働いたり歩いたりしないでごろごろしているから、夏眠状態に近いとはいえる。いつか散歩好きの友だちにひきずられて、夏の真昼の香港を2キロくらい歩いた。暑いのに、なぜ、そんなこと、する、と目的地の飲茶屋のおばさんにあきれられた。汗がとまらずお店の奥の薄暗い洗面所で腕や顔を洗わせてもらって、こういうことをオロカというんだなと納得したのだった。それ以来、暑いときは万事ゆっくりすることにして、できるだけ夏眠状態に近づくようにしている。

陽ざしもかげってきた。そろそろ仕事しよう。
# by suigyu21 | 2008-07-29 15:59 | Comments(0)

ブログとは何でしょう

このブログをはじめて一年がたつというのに、何のために書いているのかどうもよくわからない。日記を書く趣味はなし、特に言いたいことがあるわけでもなし、宣伝するものもない。本家の水牛だよりをここに移転しようと思って開設したわけだが、その後移転の必要がなくなってしまった。はて、どうしたものでしょう。と思っていたところ、9月の「トロイメライ」を手伝うことになったし、8月にはRainy Dayでの製本ワークショップの第二回目もおこなう。そんなことをも少しマメに書いていこうかなと気をとりなおす。

あ、もう一つは片岡義男さんとの仕事。きょうはまたピッツアをごちそうになりながら、進行中の2冊のエッセイについて話しているうち、さらにもう1冊のエッセイと小説のアイディアも出て、しかも4冊同時進行しようということになった。そのせいかどうか、半分ほど入っていたシェリーのグラスをひっくり返した。動揺したのだろうか? だいじょうぶ、できます!
「片岡さん、夏はどこかに行くんですか」「行きません。行きたくないよ」「わたしもです。じゃあ夏中仕事しましょうね」「そうですね。写真撮りに行こうよ」てなことでまた打ち合わせが必要になるわけです。これまで3冊の小説を作ったが、1冊分の印税くらいごちそうになったかもしれない。そういう仕事のしかたなのだと思うことにする。片岡さんは別れるとき、「さよなら」とは決して言わない。「また会いましょう。連絡します」と言う。
# by suigyu21 | 2008-07-24 22:52 | Comments(2)

おもしろい人とつきあう

「社交的人間とはどういう人かというと、第一に分別がある。常識といってもいいかもしれません。とにかく分別をよくもっていることが大事。しかしそれだけでは退屈だ。そこで奇妙な人、いわゆる奇人であることが求められる。分別をもっていて、しかも奇人である。そういう人とつきあえばとてもおもしろいわけですが、そういう人がイギリスの近代では大事にされたんです。」(丸谷才一@「考える人」2008年夏号)

分別をもっていることが前提で奇人であるというのは成り立つわけだ。たしかにそういう人とつきあえばおもしろいだろう。でもほとんどいません、そんな人。まわりに奇人はたくさんいるけど、彼らがこの先分別を手にするとはとうてい思えない。両方をそなえるのがむつかしいのなら、分別の人よりは奇妙な人がいいな。
# by suigyu21 | 2008-07-16 21:30 | Comments(3)

ナポリへの道は那覇経由で

スパゲッティ・ナポリタンはイタリア料理ではなくて日本料理です。あのケチャップの甘さと麺の柔らかさがなぜか男心をそそるらしい。ときどき妙に食べたいと思うのだそうだ、特にひとりで食事をするときに。素材や調理のしかたが上等であればおいしいというわけではない。などとナポリタンについてあれこれ言い合う「ナポリへの道」同好会があって、ときどき仲間にいれてもらう。会長は片岡義男さん(笑)。「ナポリへの道」という本も近々出ると聞いています。

意識してメニューを見ると、あるんですね、スパゲッティ・ナポリタン。先日沖縄料理にひかれて入った居酒屋で、「那覇ポリタン」というのを見つけた。もやし、スパム入り、ケチャップ味。と書いてある。隣の席の男の子が注文したのを少しもらって食べる。麺はスパゲッティでなく沖縄そば、ケチャップとソースを合わせた味つけはナポリタンというより焼きそばに近い。でもなぜとはなしにおいしい。ナポリへ行くはずが、思わず台湾やインドネシアに舵をきってしまいそうな味でした。ナポリは遠い。
# by suigyu21 | 2008-07-09 21:33 | Comments(7)

今年は会えません

七夕の夜、東京は雨がぱらついて、天上のふたりはきっと今年も会えずじまいですね。
こんどの週末12日は地上のわれら青空文庫にも年に一度めぐってくるオフ会の日。その日は東京ビッグサイトで開催されているブックフェアのボイジャーのブースでオトメン大久保ゆうさんのトークも予定されている。さらに神保町のはる書房では「うつわを売ります」という催しもある。
ああそれなのに、おいらはその日東京にいないのさ。オフ会は11年目にしてはじめて欠席、みんなに会えないのは残念だ。うつわは交渉して、ちゃっかり予約した。ずる〜い、という声がどこからか聞こえる。スマン!

片岡さんとはすでに次のエッセイ集にとりかかっている。こんどは社長ひとりだけのちいさな出版社の仕事なので、できるだけ費用をかけない方針でいかなければならない。デザイナーを入れずに、どこまで感じのいい本にできるだろうか。予算が少ないというのはそれだけを考えるとマイナス要因かもしれないが、お金のかかったものとは違う格調のものを工夫するのは案外楽しいし、よけいなものを取り去った骨格だけの本は片岡さんにはぴったりだと思う。
# by suigyu21 | 2008-07-08 00:17 | Comments(3)

センセイとわたし

片岡義男さん(著者のセンセイ)とわたし(編集者)とでこれまで三冊の小説を作ってきた。高齢者世帯などの定義にならうと、センセイとわたしはまぎれもなく高齢者コンビだ。しかし二人とも自分の年を忘れているのか、どこか年齢不詳な感じがあると言われる。『白い指先の小説』ができたとき、よぼよぼになるまでいっしょに仕事しましょうね、と言ったら、よぼよぼにはならないでしょう、という応えが返ってきた。ずっと年齢不詳でいくらしい。

こどものころ、自分たちがどんなおばあさんになるのかしゃべっていると、わたしは骨と皮でガリガリに痩せた意地悪ばあさん(長谷川町子の描いたような)になるにきまってるとみんなが言う。骨と皮の間にだいぶ余分なものがついて予想のようにガリガリではないけれど、意地悪は好き。父親の『文藝春秋漫画読本』にいつも載っていた「意地悪爺さん」を愛読して、ああいうおじいさんの友だちがいるといいなあと思っていた。おばあさんの友だちはいたが、おじいさんには恵まれなかった。

テディのころの片岡さんには『意地悪な本』という著書があるが、いまも単刀直入な意地悪度が高くて清々しい(笑)。意地悪が好きな編集者にとっては仕事がしやすくて、よぼよぼになるまでやっていけそうな気がするのです。
# by suigyu21 | 2008-06-24 17:30 | Comments(3)

白い指先の小説

ここ半年あまり編集に携わってきた片岡義男さんの短編小説集『白い指先の小説』(毎日新聞社)の見本を先ほど手にして、ひとり完成を祝う。今度は小説を書く女性たちが主人公なので、『青年の完璧な幸福』の姉妹編だととらえている。内容をあまり暗示しない抽象的な表紙は淡いブルーの色合いが美しい。装丁は藤田知子さん、イラストは本村加代子さん。
きょうたまたま開いた『本よみの虫ぼし』(関川夏央 岩波新書)に片岡さんの小説についての言及をみつけたのも何かのシンクロかもしれない。
「日本近代文学からは切れているかに見える片岡義男だが、こういった批評的な態度と一種の無常感の両立ゆえに、より広く日本語表現としての文学を考えるとき、彼はそのもっとも重要なにない手のひとりとなるのである。」
同感です。
『白い指先の小説』、内容についてはあえて沈黙を守るけれど、おもしろさは保証します。読んでね。
# by suigyu21 | 2008-06-18 22:18 | Comments(0)

ふともも科のバンジロウさん

銀座に行ったついでに沖縄県物産公社「わした」に寄ると、トロピカルフルーツのコーナーに、おお、バンジロウがある。夕方のせいか2個しかなかったが、2個とも買った。バンジロウはグァバの和名。好物なのです。奄美や沖縄ではそのへんの庭木としてよく見かける。ちいさな実がなっていることもある。完熟するといかにもトロピカルな甘い味だが、未熟なものはそれよりおいしいと感じる。ほんのり甘く、ほんのり青くさい。切ってみると、中は白いのとピンクのとあるが、外からはどちらかはわからない。そのままでもおいしいが、タイでするように塩と唐辛子粉をまぜたものをちょっとつけると、甘さと青さが際立って、よりおいしくなる。未熟なマンゴーもこうして食べるとおいしいよ。
去年の夏の奄美では、パッションフルーツは1個150円、バンジロウは一山150円。一山で何日も楽しんだ。
# by suigyu21 | 2008-06-11 21:20 | Comments(1)

ごまかしはききません

製本をためすようになって、ときにはひとといっしょに同じ作業をしてみると、当然のことながらひとそれぞれでおもしろい。きっちりとした仕上がりはだれもが望んでいることだけれど、なかなか理想通りにはいかないのがまたおもしろい。針と糸という慣れ親しんだ道具を使うので、つい編み物や縫い物のモードになってしまう。編み目や縫い目のひとつやふたつはかんたんにごまかせるし、最終的にカタチになればいいということだが、本はかっちりしたカタチをもっているので、細部をごまかすと、それがかならずカタチにあらわれてしまうのですね。工芸品のような精緻なものをめざしているわけではないといっても、本そのものの精緻なカタチはちゃんと意識していないといけない。ごまかしはきかないと自分に言い聞かせて、きょうも一冊綴じてみようと思うのだが、その前のテキストを印刷するという準備段階に意外に時間をとられてしまって。。。。
テキストは自前でプリントするところまで出来るようになったのに、製本の技術がそれに追いついていないと思っていた。きょうはそれが逆転しているように感じられる。
# by suigyu21 | 2008-06-08 12:57 | Comments(0)