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水牛だより

秩序の原形を感じる

生まれてきて、なんとかおとなになって、そしてお酒を楽しめるようになってよかったな〜と思うことがある。たとえば吉田健一を読むときに。

「多くの人々の説とは反対に、酒は我々を現実から連れ去る代りに、現実に引き戻してくれるのではないかと思ふ。長い間仕事をしてゐる時、我々の頭は一つのことに集中して、その限りで冴え切つてゐても、まだその他に我々を取り巻いてゐる色々のことがあるのは忘れられ、その挙句に、ないのも同じことになつて、我々が人間である以上、さうしてゐることにそれ程長く堪へてゐられるものではない。
 さういふ場合に、酒は我々にやはり我々が人間であって、この地上に他の人間の中で生活してゐることを思い出させてくれる。仕事をしてゐる間は、電灯はただ我々の手許を明るくするもの、他の人間は全く存在しないものか、或は我々が立ててゐる計画の材料に過ぎなくて、万事がその調子で我々に必要なものと必要でないものとに分けられてゐたのが、酔ひが廻つて来るに連れて電灯の明りは人間の歴史が始つて以来の灯し火になり、人間はそれぞれの姿で独立してゐる厳しくて、そして又親しい存在になる。我々の意思にものが歪められず、あるがままにある時の秩序が回復されて、その中で我々も我々の所を得て自由になつてゐることを発見する。仕事が何かの意味で、ものの秩序を立て直すことならば、仕事に一区切り付けて飲むのは、我々が仕事の上で目指してゐる秩序の原形を再び我々の周囲に感じて息をつくことではないだらうか。」(吉田健一「甘酸つぱい味」より)
by suigyu21 | 2007-10-11 00:30 | Comments(0)