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水牛だより

引き算レシピ11 かつおの皮

ある初夏に友人が作る彼の母親直伝のかつおのたたきをごちそうになったことがある。かつおの刺身を大きな皿の真ん中に並べて、その上から、きうり、ねぎ、しょうが、にんにく、みょうが、しそ、などを細切りにした青い薬味を山ほどかけて、最後にしゃもじでその山を叩いて形を整えたら、摘みたての木の芽をのせる。それが彼の家の「たたき」の流儀だという。青くきれいな薬味の山の上からポン酢をかけて、食べる。青い味がかつおとなじんでさっぱりとおいしかった。

かつおのたたき、というと、皮ごと藁で焼いたものをまず思い浮かべる。魚介類の表面にちょっと火を通すと旨みが増すのは知っているが、かつおの場合は皮が特に重要な気がする。

「かつおは皮がおいしい」と宣言しているのは東京・田園調布でパテ屋という惣菜屋を営む林のり子さんだ。かつおを刺身にするとき、皮は捨てられる。捨てられる運命の皮を魚屋に予約して取っておいてもらう。それを焼いて、青い薬味をたっぷりかけたもの、つまりかつおの皮のたたきがおいしいというのだ。香ばしさと歯ざわりが想像のなかで跳ね上がる。

鹿児島の枕崎港では遠洋漁業でとられたかつおが水揚げされて、鰹節に加工される。大量に残った皮は塩蔵にする。多めの塩をふり、一晩漬け込んで次の日にさっと水で洗い、その後むしろの上で乾燥させる。焼いたりゆでたりしてさつまいもといっしょに食べるのだそうだ。脂がのっていておいしいらしい。無駄なく食べる、土地の伝統食ともいうべきもの、一度は味わってみたい。

かつおはつねに群れとなって暖かい海を回遊している。黒潮にのって初夏に北上するのが初がつおで、秋に南下してくるのが戻りがつお。群れの移動は速い。時速は約三十キロという研究結果があるようだ。群れでこの速度だから、襲われたりして、一匹で必死に逃げるときにはその十倍くらいの速度が出るという。自転車と新幹線くらいの違いがある。

かつおの体型をあじやさばと比べるてみると、あきらかにお腹まわりが太い。完全にちかい紡錘型なのだ。これはもちろん速さに関係している要因だ。さらに。魚にはあるまじきことに、かつおの皮膚にはほとんどウロコがない。体を保護するためのウロコを退化させることで水に対する抵抗を弱めて速く泳ぐ。

何のためにそんなにも速く回遊しなければならないのか理解できないが、ウロコをなくすというかつお自身の引き算によって、皮は食べやすいのだとわかってきた。捨てられた皮にウロコがついていたら、食べるところまで到達できそうもない。

江戸に生まれた初もの好きな文化は「目には青葉山時鳥(ほととぎす)初松魚(かつお)」(山口素堂)と詠まれたが、江戸っ子の長谷川時雨に批判されていることも覚えておかなければいけません。

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利鞘をとつて衣食し、肥る商人を賤しめたのを、江戸の市井でうまれた「川柳」が、初鰹でもつてよく語つてゐる。
  初鰹女の料(れう)る魚でなし
  初鰹旦那ははねがもげてから
  初鰹煮て喰ふ氣では値がならず
  初鰹得心づくでなやむなり
  初鰹値をきいて買ふ物でなし
「はねがもげてから」は飛ぶやうに賣れる勢のいいうち買はないといふことであり、「煮て喰ふ氣」はさしみにする品は高いからであり、「得心づくでなやむ」のは安かれ惡かれ、中毒(あた)るのを承知で買つた、といふ皮肉で、平日貧乏人と見下される側から、旦那側の、金持ち吝嗇をあざけつたものだ。
(長谷川時雨「初かつを」)

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by suigyu21 | 2017-12-07 18:09 | Comments(0)