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水牛だより

ミッキー・片岡

待ち合わせのコーヒー・ショップにあらわれた片岡義男さんは、校正用紙の入ったリサイクル用紙で出来たオレンジ色の封筒をテーブルの上にばさりと置くと、チェックのシャツの左の袖口を黙って折り返して、手首の甲のほうを私のほうに向けた。そこにはミッキーマウスの腕時計の文字盤が金色に輝いていた。ははははは、と私は笑った。かわいいですね、よく似合ってます。

腕時計のなかではミッキーの右手が短針、左手が長針になっていて、現在の時刻を示している。それでさ、と言って片岡さんは椅子から立ち上がって傍らに立った。足はこういうふうにほとんど180度に開いてるでしょう、そして6時30分になると、右手と左手が文字盤の下のほうで、まるでなにかを隠すように重なるんです。と実演してくれる。私だけのために繰り広げられるショーを見て、またも、ははははははは、と笑わずにはいられない。

片岡さんが椅子にすわりなおして、私の笑いもおさまり、さて、校正紙を見ると、その6時30分のミッキーは小説の重要な役割をは果たしているのだった。雑誌で発表されるのは来年なので、楽しみに待っていてください。

ひとつ前に小泉英政さんの「国に拠らず」のことを書いたが、片岡さんも「国に拠らず」生きている人だ。大学を出て就職したのに3か月でやめ、それ以後はフリーランスを貫いている。書く人になってからも、大学の先生になったりはせず、書くことだけで生活を成り立たせている。80年代の活躍からごく一般的にイメージされているようなやわな人ではありません。自由でいるのがもっとも大事なことだというのは、生きかたから、そして小説からもわかるようになった。
by suigyu21 | 2013-12-13 21:49 | Comments(0)