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水牛だより

しごとについて

自分で編集をした『ジット・プミサク+中屋幸吉 詩選』が出版されたあとになって、わかった!ということもあり、気になってくることもある。

編集者として仕事をしているのだが、一方で、そのことにどんな意味があるのか、なかなかわからないままだ。いてもいなくてもいいが、いないほうが少しだけいいかもしれない存在、それが編集者ではないのか、という自分自身の感触は、仕事の場ではそんなに間違ってはいないと思う。

『ジット・プミサク+中屋幸吉 詩選』ではふたりの詩人についてのイントロダクションを書くという、最初から決まっている難関があった。書くことは苦手。苦手というよりは、書きたいことがない、といったほうが正確かもしれない。ジットの詩も中屋幸吉の詩も、味わえばそれでいいと思ってしまう。それを見知らぬ人たちに向かってどのように語るのか。困った。

この本のほんとうの編集者はサウダージ・ブックスの淺野卓夫さんであり、彼によって編集者というのは必要な存在だということがよくわかった。出版を前提にしてこちらが書く気になるまで待ってくれた。書いたものを一字一句たりとも直さなかった。売れるということに特にフォーカスしない姿勢は私と共通していておもしろいけれど、ほんとに売れないのはあまりいいとはいえない。でも今すぐ売れないからといって、がっかりせず、気長に考えよう。

本が出来てから、ハワイのことをさらにあれこれ思い出して、沖縄との関係が気になってきた。その道に分け入ってみようと思い、沖縄からハワイに移民した一世の聞き書きを読む。日々の労働がきびしいことはわかっている。でも、年を取ってからの人の語り口にはどこかのんきなところがある。きびしい労働はこのように表現される。「朝もハナハナ、夜もハナハナさ」。ハナはハワイ語で「働く、作業する」という意味だから、それを二つつなげるのはもっともっと働いているのだと思う。「ハナハナ」という言葉を選んだことにはきっと意味がある。ハナハナと言うと、その音感でちょっと脱力できるし、きびしさを相対的にできるのではないかな。
by suigyu21 | 2013-03-16 23:32 | Comments(0)