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水牛だより

いたれりつくせり

ホスピスというところへ初めていった。そこで、静養というのか療養というのか保養というのか、なんと言えば正確なのだろう、ともあれ闘病とはいえないことだけは確かな、静かにベッドに横たわっている友に会った。ほんのり黄色がかったミルク色のふわふわのパジャマがよく似合っている。パジャマの裾からまっすぐに出ている両脚は細くて透きとおっていた。

「ここはいいわよ、いたれりつくせりで。みんなおしまいはここに来たらいい。お風呂は家族ではいれるし、バーだってあるんだから。そうだ、帰りに一杯飲んでいったら?」酒豪らしいおすすめにみんなで笑った。ベッドの片側は床から天井までガラスになっていて、薄いレースのカーテンがかかっている。ちょっとカーテンをあけると、目に入るのはいろんな色の小さな花の咲く花壇だ。話しているうちに太陽が低くなり、部屋のなかもうすぐらくなった。帰るとき、彼女と手を握り合う。大きくてがっちりした手は長いあいだほぼひとりでお店を切り盛りしてきた、働く人の手だった。

それから二週間ほどたって、彼女は亡くなった。その二週間のことは詳しくは知らない。彼女がこの世からいなくなったことを受けとめて、いないけどいる、いるけどいない、などとも思った。最後に会ったときのことが夢のなかの出来事のように感じられてくる。そこがホスピスという場所だったことと関係があるのかもしれない。
by suigyu21 | 2013-02-01 16:57 | Comments(0)