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水牛だより

愉しみ 17(2010.9.25)

「影の反オペラ」初日七月十六日の開場時間午後六時三十分直前のシアターに入ってみる。もちろんまだだれもいない。エアコンであらかじめ冷やされてひんやりとしている。ほんのりと照明の当たったステージが斜めにシアターのほぼ半分くらいを占めている。これから花ひらこうとしている夢をこの場所はまだ知らない。だってさっきまでのあれは稽古だったのだから。準備は完璧に終わっていて、でもまだ始まっていない、という短い特別な時間の劇場の空気はいつだってすっきりと透明で、外の空気とはまったく別のものだ。これを味わえるのが制作の醍醐味かもしれない、とにんまりしてしまう。

モノオペラをやりたいと言われたとき、シアターイワトでなら出来ると思った。ほかのところではまず無理でしょう。だって、「やりたい」というだけで、まだかたちはなにもないのだから、どういうものが出来上がるのかきちんと説明なんか出来ないし、そうと知っていて受け入れてくれるところがあるとは到底思えなかった。

平野甲賀さんデザインの「めくって読む」本のような斬新なチラシには三人の出演者の名前が小さく書かれているだけで、スタッフの名前はひとりもクレジットされていない。どうしてですか? 何か意図でも? と聞かれてはじめて気づいたが、そのときにはまだ何も決まっていなかったのだった。実際には出演者とスタッフ全員あわせても十人に満たない少人数で、舞台のかたちもほんの少しの演出も照明も、稽古しながら考えを出し合って、ゆっくりとあるべきように出来上がった。そこに自分という痕跡を残そうという人はいなかった。

いつもどんぶり勘定でザルのように抜けているにしても、お金の問題は避けて通れない。一日の定員は八十人だから三日で二百四十人。入場料の合計は最大で百二十万円だ。これでは赤字ということは最初からはっきりしていたので、アサヒビール芸術文化財団と朝日新聞文化財団からの助成はありがたいことでした。感謝の気持ちとともに、次の機会にもぜひにとお願いもしておきたい。

最終日の公演が終わって、ロビーでCDなどの売り上げを計算してから劇場を覗いてみたら、すでにステージは解体作業に入っていた。夢はおしまい。

夢から醒めて、次にシアターイワトを訪れたのは七月三十日。斎藤晴彦さんの古希のお祝いの日だった。七十歳になったばかりの斎藤さんはみずから半七捕物帳の一編を朗読し、エノケンの歌をうたった。この夜のシアターイワトは隅から隅まで斎藤さんのもので、「影の反オペラ」のときのかけらもそこにはなかった。劇場は毎日が新しい夢なんだな。
by suigyu21 | 2011-01-22 21:18 | Comments(0)