人気ブログランキング | 話題のタグを見る

水牛だより

愉しみ 13(2010.1.25)

ケータイやメールなんてカゲもカタチもなかったころにすでにおとなになってたくらいだから、少女のころのコミュニケーションツールといえば手紙だけだった。いまでもツールとしての手紙は手離していない。自分のことばを助けてくれる絵はがきやびんせんはいつも引出しひとつに満杯だ。切手も常備してあるし、自分の住所なぞをプリントしたラベルも作ってある。

二月十四日に何人かの男友だちにさらりとカードを送るのは若いころは楽しみのひとつだったけれど、二〇〇六年から思わぬ助っ人があらわれて、その年以来、またその日が楽しみになった。

助っ人は「限りなき義理の愛大作戦」という。首謀者JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)の作戦目標はイラクのがんの子どもたちに抗がん剤を送ること。そのためにヴァレンタインの日に合わせてかわいいチョコレートを作っている。五百円でそのチョコが一個もらえる。買うのではなく、五百円の寄付にたいして一個お返しがくるという仕組み。チョコの包装紙には、がんになったイラクの子どもたちの描いた絵が何種類か印刷されている。鼻血がとまらないという男の子の絵は悲惨な状況なのに、どことなくユーモラスで、愛を送る日にはぴったりな気がしてしまうのだった。病気の子どもがかかわっていると、男子との関係にちいさな風穴があく。愛を受けとめてください、とチョコを送れば、その愛のなかに子どもの病気も含まれているからね。

大作戦が開始された年にサブリーンという十一歳の女の子が目のがんになった。貧しくて学校に行かれなかった彼女は、JIM-NETが運営する院内学級ではじめて字を覚え、絵を描いた。右目を摘出したので、左目だけで描いた絵はとってもチャーミング。すっかり心うばわれて、毎年チョコを心待ちにするようになった。写真で彼女の笑顔とも出会った。

ことしのチョコはサブリーンの絵だけ四種類、しかも缶入りになった。でもがんが全身に転移したサブリーンはそのチョコを見ることなく、二〇〇九年十月十六日にイラクのバスラで亡くなった。「私は死にます。でも幸せです。私の書いた絵がチョコレートの缶にプリントされ、それがイラクのほかの白血病の子たちの命を救うからです。みなさんありがとう」十五歳のさいごのことば。

亡くなるときまで着ていた赤いドレス、サングラスやスカーフなど、一枚のプラスティックバッグに入ってしまうわずかな遺品は遺言によってJIM-NETにゆだねられた。死んだあとはJIM-NETとともに生きることにしたのだと思う。「限りなき(いつまでも続く戦争を止めさせたい)義理の(約束した支援はちゃんとやろう)愛(やっぱり愛でしょう。平和のためには)大(十万個売ります)作戦」のための仕事のひとつとして、彼女の絵は今月のイワトの表紙を飾ることになった。
by suigyu21 | 2011-01-22 21:12 | Comments(0)