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水牛だより

愉しみ 3(2008.5.25)

ずっと気づかないふりをして避けてきたが、とうとうコンピュータのシステムを新しくする時期が来てしまった。しかたがなく移行すべきデータを整理しはじめる。メールボックスの中身も必要のないものは捨てようと思って、ずらずらとスクロールして見ていくと、もうこの世にいない三人からのメールが保存してあるままだ。いなくなる少し前に届いた何通かだけ、なんとなく捨てられなかった。日常のちょっとしたことや、会う約束のメール。彼女たちの不在に苦しめられて、実体のないデジタルのメールなら、ふと返事を出してみると、死んだ人にだって届くのではないかという気もしていた。彼女たちのエネルギーは輪廻転生して、すでに来世を生きていると仏教ではいう。みんなわたしのことは覚えていないだろうから、もしもメールが届いても、ふん、わけのわからないジャンクメールね、とすぐにゴミ箱行きでしょう。それでもいい、来世で元気にしていてほしい。

三人はそれぞれの死に方で死んだ。ひとりは自殺、ひとりは交通事故、ひとりは病気で。自殺する人は年に三万人以上いるというし、交通事故死は七千人。病死はいったい何人くらいいるのか見当もつかない。そんなふうに直接の死因はなんらめずらしいものではない。自分では自殺はしないと思うけれど、交通事故や病気はいつやってくるかわからない。あすは自分の番かもしれないな。

死んだ友人たちのおかげで死の核心にせまることを思いつつ、コンピュータの左側の堆積を見る。処理する必要があるものだけでなく、一度手にとったものはとりあえずなんでもここに積み重ねるくせがあるのだ。食べかけのチョコレート(リンツのペッパー入り)、水道料金の払い込み用紙(引き落としでなく毎月現金払い)、筆記用具、リモンチェッロのレシピ(ぜったいに作る!)、エッセンシャルオイルの成分表、ピアス、ファックスで届いたCDの売上報告書、なにかのアンケート用紙、中毒確実『プロ級ナンプレ』(いつでもパズルにとりかかれるよう鉛筆と消しゴムが挟んである)、プリントしたレイアウト用紙、届いた手紙を返事用の絵はがき、などなどの間に読みかけや読む予定の本、仕事用の本が何冊も乱雑に積まれ、頂上にはさっき買ってきたパンの袋まで置いてある。

ああ、このままではあす死ぬわけにはいかないわ。いくら乱雑でも自分では何がどこにあるのか把握しているが、自分以外の人にはぜんぶ無意味で、きっとどうしていいかわからないだろう。コンピュータの中だけでなく、机の上や本棚や押し入れや、つまり身の回りのすべてをきちんと整理して、安楽に死ねる日はくるのだろうか。
by suigyu21 | 2011-01-20 22:31 | Comments(0)