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水牛だより

愉しみ 2(2008.3.25)

朝起きたらまずは空を見上げて天気を確認しないと一日がはじまらない。カーテンを開ける前から気配を感じる雪の日は、どうしたって「冬の旅」(歌斎藤晴彦+ピアノ高橋悠治)の北海道ツアーのことを思い出す。吹雪に迎えられた初日、コンサートを終えて外に出た留萌の夜は、降ったばかりのさらさらの雪が街の灯にきらきらと輝いて明るかった。雪の日に歌を聴くなら「冬の旅」、詩を読むなら小樽生まれの美形、小熊秀雄ですね。

小熊秀雄の全集を出版した創樹社がなくなってしまったので、全五巻を入力して青空文庫で公開しようと思い立ったのはもう前世紀のことだ。名づけて、小熊秀雄プロジェクト。勤勉で作業の早い浜野智さんと組んだおかげで、詩や小説、童話などは次々と公開できたのだが、水が低いほうに流れるように、いつの間にか怠惰で作業の遅いわたしのペースになり、ついに休止してしまった。本人にその気があるうちは、長いことそのままになっていても誰も何も言わないのが、ボランティア活動のいいところでもあり、よくないところでもある。

これも前世紀のことだが、冬の札幌で、詩人の江原光太さんが朗読する「長長秋夜(ぢゃんぢゃんちゅうや)」を聞いた。「朝鮮よ、泣くな、」で始まり。終わりの「すべての朝鮮が泣いてゐる」まで269行、小熊秀雄を代表する長篇詩のひとつだ。この詩を英訳したデイヴィッド・グッドマンによれば「これは日本の朝鮮に対する文化政策を正面から弾劾し、犠牲者との連帯を宣言するような単純な作品ではなく、老婆というもっとも弱い者たちの苦しみをきめこまかく記録することで、朝鮮の悲劇を痛烈に描写する作品である」。

しかしわたしにとってもっとも印象が深かったのは江原さんの声にのって何度もあらわれる「トクタラ、トクタラ」という音のひびきだった。老婆が木の台の上で洗濯物を棒(パンチ)で打つ音である。長長秋夜といえばトクタラであり、老婆の姿が目に浮かぶ。

小熊のたくさんのエッセイなど、まだ公開していないものも入力だけは済んでいるのだ。次の冬までにはプロジェクトを完結させなくては。あ、でもその前にアーサー・ビナード英訳の『焼かれた魚』を読んでみようと、近くの図書館に予約した。行き先がはっきり決まっていると道草せずにいられない。
by suigyu21 | 2011-01-20 22:25 | Comments(0)