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水牛だより

明日はどんな日

しばらく前から、一枚のカードをいつも見えるところに置いている。机の上はゴタゴタなので、飾っている、とはとうてい言えない。あくまで置いている、という状態なのがちょっと難点だなあ。

二つ折りで縦横とも15センチの正方形のカードの、表の右3分の2はセピア色の写真になっている。「超」をつけるのがふさわしい高齢のおばあさんがふたり、しわだらけのまじめな表情でカメラを見つめている写真だ。ウクライナ人の姉妹だとカードの裏にちいさく書いてある。向かって右がお姉さんだろうか、左手で杖をつき、右手を妹の腕に軽くまわしている。ふくらはぎまでの丈のワンピースにウールのジャケット。そして頭には大判のスカーフをかぶり、あごの下で結んでいる。妹のほうはやはりチェックのワンピースにスカーフ。両手で持っているレジ袋のなかには何が入っているのだろうか。お姉さんより少し太めだけど、体型はよく似ている。おっぱいの頂点らしいところがウエストの位置まで下がっているのもおんなじだ。ふたりが接しているのはお姉さんが手をかけている腕のあたりだけなのだが、それがなにげない親しさでとてもいい。

そしてカードの左の3分の1のところにはキケロのこんなテキストが印刷してある。
 A friend is, as it were, a second self.

この春、遠くに住んでいる友人がふたり、病気になった。遠いからすぐにお見舞いにいくというわけにいかないし、そもそもパスポートの期限が切れている。この写真のおばあさんたちのようにいっしょに年をとろうぜ、という願いをこめて、いつでも見えるところに置いて日に何度も眺めた。さいわい、ふたりともほぼ元気になったので、願いはかなったといっていい。超のつく高齢になって、隣にいる友だちがどこのだれだかわからなくなったとしても、なにか親しい気持ちだけは残っていて、こんなふうに手を相手の腕にまわしたり、その手を受けとめたりできたら、それだけで未来は明るい。
by suigyu21 | 2010-05-30 19:53 | Comments(0)