水牛だより

2015年の冬の旅

斎藤晴彦さんが日本語で歌った「冬の旅」以来、はじめてライブで「冬の旅」をきいた。歌ではなく、歌の旋律を奏でるのはヴァイオリンであることに少し不安を感じていた。声、というよりも歌詞(ミュラーの詩)がなくていいのかな、と思ったのだけれど、なくてもよかったのだった。

歌がないので、ときおり斎藤さんがあの世で歌っているような感じがしたし、シューベルトのメロディーの素晴らしさもよくわかった。さみしくてほんのりと明るいヴァイオリンの音色がそうしたいろんなものをもたらしてくれたのだと思う。帰宅してから、斎藤さんが歌っていた日本語の「冬の旅」の歌詞をじっくりと眺めて、テキトーでもいいから歌えるようにしておこうと思った。


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# by suigyu21 | 2015-01-16 20:25 | Comments(0)

年頭所感

振り返ると、生まれてからずっと成り行きで生きてきのではないか。ほんの少しだけ、数字であらわすとすれば0.1パーセント未満という感じだけれど、成り行きでよかったことはたしかにある。どんなに先のことを考えてもそのとおりにはならない。明日でいいことは明日考えればいいし、明日でいいことは今日はやらない。

流れるままにその日暮らし。できるだけそう志して、死ぬまで生きるのさ。


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# by suigyu21 | 2015-01-01 00:04 | Comments(0)

冬の東京で

これまでのところ、東京のことしの冬は寒い。2005年の冬に斎藤晴彦さんと高橋悠治さんとの「日本語で歌う冬の旅」の北への旅があった。冬のさなかに松本、金沢、留萌、釧路、網走、鷹栖、札幌、花巻、森岡などへ行くことになったので、その旅のためにコートを買った。北海道に着いたそのときから吹雪にみまわれ、コートは役に立ってくれた。東京の冬は暖かいのでそのコートは着る機会があまりない。特に電車の暖房では苦しいほどに暑くなってしまう。が、ことしは着ている。10年も前のものだから、時代遅れなデザインかとも思うけれど、温かい快適さはありがたい。

忘年会の季節。参加するのは少し、個人的なものだけにしている。最初は台東区民となった友人が率先して幹事を引き受けてくれ、浅草でどぜう。どぜうもいいが上にこんもりとのせるネギがおいしくて、何度もおかわりしてしまう。また燗酒によく合うのだ。「柳川ってのは子供のためのものだ、めしは食わない、どぜうだけ」と、この界隈で生まれた別の一人がうるさいほどに教えてくれる。柳川は食べたけれど、ごはんは食べずにガマン。ちょうどよく満たされたのは、彼の教えが正解だったからだろう。

食べたあとで駅の近くのバーでウイスキーを一杯というのもこの集まりのお約束だ。バーテンダーのおじさまが言うには、ウイスキーは食後にいいんです、消化を助けますからね。空腹だと強すぎます。ということでおすすめのシングルモルトウイスキーをストレートで。四人で違うものを頼んで、回し飲み(?)をする。味はそれぞれだけど、それぞれにおいしい。みんな機嫌がよくなって、新年会もやろうよということになる。また飲むのだな。

ウィスキーというのはふしぎだ。たいていは理性を失わせるだけだが、まれに、思考不能なことがらを正しく思考する契機ともなる。
(トーベ・ヤンソン「石の原野」)

人といっしょに話しながら飲むときは、この中間くらいな感じをただよっている。まるで理性を感じられないことを言ったりするし、そうかと思えば、昼間の会議などでは絶対に出てこないようなおもしろいアイディアが続々と湧いてくることもある。

トーベ・ヤンソンの「石の原野」はよかった。小説のなかではウィスキーは重要な脇役で、主人公は娘に内緒で飲んで、理性を失ったり、正しく思考したりする。
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# by suigyu21 | 2014-12-20 13:22 | Comments(0)

夜は月を

新月の夜に、最近若くして死んだ人の話を聞いた。ふさわしい夜だったのかもしれない。その前の夜には山田うん振付の『十三夜』を見た。うんさんによれば「「十三夜」は13人のダンサーによる動く静止画です。日本特有の湿度ある風景を描きました。ダンスという絵の具と筆が一体化した素材を使って描いた静物画です。」ということで、その夜の十三夜にやられてしまい、本物の月を見るのを忘れた。

夜になって月を見上げると、見える月のかたちは日々変化しているから、一日として同じ日はないということはよくわかる。昼間に見上げた空にうっすらと見えることも多い。きのうはきのうの月、きょうはきょうの月だ。明日があるなら、また明日も。

空に浮かぶ月は、広い海に浮かぶ小さな島のようだ。空に囲まれた月と海に囲まれた島とはどこか似ているところがあると思う。

地上は高い建物に覆われている東京だし、自宅に居ながらにして月を見ることのできる環境ではないから、見ようとしなければ月は見えない。家を探すときにコンパスを持ち歩き、ある部屋の窓からはちゃんと月が見えることを確認してから借りたという友人がいて、そうするべきだと深く納得する。南向きのベランダに出てみると、たとえ空に雲が広がっていても、月の在処はわかる、と思う日もあり、晴れているのに探せない日もある。自分にとっていろんな月夜があるけれど、萩原朔太郎のような月夜はまだ経験していない。


   月夜  萩原朔太郎

  重たいおほきな翅をばたばたして
  ああ なんといふ弱弱しい心臟の所有者だ。
  花瓦斯のやうな明るい月夜に
  白くながれてゆく生物の群をみよ
  そのしづかな方角をみよ。
  この生物のもつひとつのせつなる情緒をみよ。
  あかるい花瓦斯のやうな月夜に
  ああ なんといふ悲しげな いぢらしい蝶類の騷擾だ。


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# by suigyu21 | 2014-11-26 23:09 | Comments(0)

冬立ちぬ

満月に呼ばれるようにして空を見上げると、ビルの谷間から上ってくるときで、月は下にあるほど大きい。ちょっと得した気分。めぐってくる春に、島でまた満月バーができるらしい。満月の朧月だったらいいなあ。ずっと海辺にいて、ほろほろと湿気に包まれるるのだ。

きょうは立冬だというのに、まだペラペラのコートを着ているのがちょうどいい。電車のなかでは冷たい風が降りてきたりするし。しかし、歩いているときに道端をみると、すでに山茶花がたくさん咲いている。白から赤までのグラデーションがきれいだ。冬の花だから、きっともう冬なのだな。

トーベ・ヤンソン展を見に行ってきた。ムーミン展ではなくて、トーベ・ヤンソン展。大きく引き伸ばされた写真のひとつでは、バルト海のクルーヴハル島の夏の海で泳いでいるトーベは頭に花輪を乗せて笑っている。冷たそうな海の色だ。背後に夏の家が見える。油彩の自画像がいくつかあって、写真でしか知らないトーベ・ヤンソンだけど、その写真と違和感がないどころか、写真から感じるイメージがさらにとんがっていくのだった。


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# by suigyu21 | 2014-11-07 21:55 | Comments(0)

青空文庫と満月はよく似合う

10月8日の夜に満月バーをするために小豆島にいってきた。

西神田にイワトというスペースがあったときに、そこでおこなわれるコンサートのあとに、お酒を出して、それぞれが楽しくおしゃべりをするためのちょっとした仕組みが満月バーだった。満月というほぼ月に一度の夜にだけ開店する。ただ単においしいお酒をショットで出すだけ。イワトを運営していた平野公子さんが今年のはじめに小豆島に移住して、そこでも満月バーをしようという提案があって、やる、と即答した。

東京から小豆島へいくのにはいろんなルートがある。どこの港から船に乗るか決めなくてはならない。港は海にあり、駅や空港は港から遠いところが多い。ただひとつ、高松駅は海に近く、電車を降りてから歩いて数分で港に着くのがいいなと思い、その経路を選んだ。東京から新幹線で岡山まで三時間半ほど、そこで乗り換えて、瀬戸大橋を渡って高松へいくのが一時間弱。港でフェリーに乗って一時間で小豆島の土庄港に着く。台風18号が過ぎていったばかりの日で、大気は澄んでいたから、瀬戸大橋からはじめて見る瀬戸内海は島の緑も海の青もくっきりと美しく穏やかだ。フェリーがぐっと右に方向を変えて土庄港に向かうと、真正面に月がのぼりはじめていた。

次の日は午前中に小豆島の隣にある豊島に渡る。この島にサウダージ・ブックスの淺野さん一家が暮らしていて、自宅に青空文庫の底本をまとめて置いてくれているのだ。そこを訪ねるのは巡礼のよう。淺野さんの案内で島を巡って、新しい美術館は外見だけ見るにとどめて、美術館と隣り合う棚田を見た。コスモスが盛りだ。本を読むのに快適な場所をいくつか見た。高いところで真下に海を見ながら読書できるなんて! 展望台から海や島を見た。スダジイの原生林を見た。甲生という集落では海に近い墓所で、無縁仏となったキリシタンの小さな墓石が集められているのを見た。豊島の石で作られた墓石は風化が進んでいるけれど、彫られた十字架はまだ見える。

そして淺野さんの家の一部屋に収められている青空文庫の底本と再会した。静かな和室の四方の壁と床の間に置かれた手作りの本棚に並べられていた。本が本棚に縦に並べられているのは美しい。底本という資料として、段ボール箱に入ったままにならなくて本当によかった。そのうち、たとえば「青空文庫底本図書館」というような名前がついて、誰でも訪れることができるようになるはずだ。ネットの青空文庫とはまるで異なる本という物質の雰囲気を味わうのには最高の場所であることに疑いはありません。

夕方に小豆島に戻って、タコのまくら、というカフェのオープニングに満月バーを加えてもらう。古民家を5年かけて仕立てたというカフェは、東京のような都会ではありえない長い作業の時間をかかえていて、はじめて見るのに懐かしい。満月バーはカフェの開店を祝う乾杯のためにふるまい酒をした。その後は職務(?)を忘れて飲んで食べ、そして同時に皆既月食をずっと味わった。暑くもなく寒くもない快適な夜だったから、ほとんど海辺にいた。ずっと外で暮らせたらどんなにいいだろう。

島はいろんなものやことが凝縮されているところだと思う。船でしか行けない島は閉じられていて開いている。「離島」なんていうけれど、ほんとは世界の中心だと思う。


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# by suigyu21 | 2014-10-16 23:11 | Comments(1)

すきまからとびだす

コンクリートで地面がびっしり覆われている東京の町だけど、土はある。住宅を解体したり、建て始めたりする都合で地面を掘り返したばかりのところは土だけが見える。けれどもほんの少し時間がたつと必ず草が生えてくる。解体から着工まで一夏あれば、いろんな草で覆われてしまい、土は見えなくなる。ひろびろとしたところほど、草の生命力そのままに生い茂って、人間の背丈くらいならすぐに越えてしまう勢いだ。

土の上をびっしりと覆っているコンクリートだが、じつはすきまだらけ。すきまの下は土だから、偶然そのあたりにいた植物の種子が芽を出すのは自然のいとなみで、それまで待っていた時間が長かったせいなのか、妙に力強い風情だ。夏の終わりのすきまはとびだしだらけ。


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# by suigyu21 | 2014-09-29 21:14 | Comments(0)

13年目の9月11日に

池澤夏樹の電子本「impala e-books」シリーズに編集スタッフとして参加している。

スタートしたのはことしの夏が始まるころだった。そしてきょうはあれから13年目の9月11日。この日に発売を予定して、作業をしてきた『新世紀へようこそ+』と『続・新世紀へようこそ+』がきちんと発売されて、うれしい。単行本に収録されていない「パンドラの時代」や、今年9月3日に書き下ろされたエッセイを加えて、今日という日からまた新たに新世紀の始まりを考える2冊となった。

電子本の編集というのは日進月歩の世界だから、何度経験しても、いつも知らない新しいことに直面せざるをえない。このシリーズはボイジャーが開発したRomancerという「EPUBを作成し、Webブラウザーベースの閲覧システムを使って公開するWebサービス」を使って編集作業をおこなっている。これまでマジメに使ったことのない、というよりは、使うのを避けてきたワードとも親しまなければならなことが必須となり、ついでにPCも新しいのに替えたので、始まりの夏のあいだは暑い夜中に足がつったりした。老体に鞭打つ、とはこういうことをいうのではなかろうか。

底本となった『新世紀へようこそ』と『世界のために涙せよ』はメールマガジンとして発信されたもので、本自体も横書きで、メールによるコメントや引用などもある。それをもう一度デジタルに呼び戻すときに、縦書き表示とするのだ。いろんな要素がふりかかる。フォントやそのサイズが限定されているなかで、この本の仕組がすんなりわかり、読みやすくできただろうか。ともあれ、無事に発売となって、スタッフとしてはこのシリーズの最初の山は超えた感じがしている。ごくふつうの体裁のエッセイや小説の編集は少し楽に出来るようになり、少しずつ書影が増えていくのが楽しみだ。

一人の作家の作品で、新刊書として品切れだったり絶版になっているものを包括的にデジタル化してよみがえらせる意味はある。池澤夏樹さんの次には、あの人、それからあの人も、と(可か不可は別として)考えだけは伸びてゆく。
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# by suigyu21 | 2014-09-11 15:10 | Comments(0)

花は咲く

去年の夏のことだ。バスに乗って、窓の外を見ていたら、アパートの角部屋にからすうりの蔦が茂り、白い花も見えることに気づいた。道路と部屋とを隔てているブロック塀と部屋との狭い間のどこかに根があるらしい。その部屋に住人がいないのがわかるのは、カーテンがかかっていないから。バスに乗るのは早くても午後になってからだ。からすうりの花は夜開いて、朝には閉じるといわれているけれど、花のまわりの閉じかかっている白い糸のようなものもぼんやりと見える。歩いたならバス停ふたつ分くらいのところだから、花が咲いているうちに見に行ってみようと思っていたら、ある日、根こそぎ刈り取られているのをバスの窓から発見した。部屋に住む人が出来て、そのために整備されたのだろうか。取り返しがつかない、などと思っていたら、部屋にはカーテンがかかり、人の気配が濃厚にただようようになった。あくまでもバスの窓から見ただけだけど。

そしてことしの夏が来た。からすうりのことは忘れていたのだが、あるときふと、バスの窓からあの部屋を見ると、去年とおなじように蔦が茂っていて、花もちらほら見える。刈り取られたためにいっそう強くなったようにも思えて、すごい生命力だと感心してしまった。部屋にはたぶんずっと同じ人が住んでいるようで、その住人は積極的に緑のカーテンとして、からすうりのすべてを受け入れているらしい。蔦の伸びる先をちゃんと窓のまわりに導いているから。

花が咲いているうちに、ちゃんと見に行ってこなくっちゃ!
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# by suigyu21 | 2014-08-17 16:46 | Comments(0)

暑い日のサトウキビ

古書で手に入れた『沖縄ハワイ移民一世の記録』(鳥越皓之 中公新書 1988年)を読んだ。暑い日に、サトウキビから作られるラム酒を飲むのはおいしいが、そこにとどまることなくサトウキビ・プランテーションでの移民の労働を想像するのはよいことだと思う。こどものころにテレビで見ていた力道山のプロレスで、レフリー沖識名の姿も記憶のなかから蘇ってきた。1904年生まれの沖識名は、沖縄からハワイに渡った移民一世だった。わたしがテレビで見たときには50歳を超えたくらいだったのだろう、そんなふうには見えなかったけれど。

ハワイをまず知り、そこから沖縄へと興味がのびていった。沖縄を訪ねてみると、やっぱりハワイと同じとか似ているとか、ほんとに小さなことをいくつも発見した。沖縄はアメリカだったこともあるので、商店の看板はよく似ていると感じたけれど、しかしハワイは英語、沖縄は日本語だ。地理や歴史の共通点があることも同時に知った。30年ほど前のことなので、いまも共通点を感じられるかどうかは大きな謎だ。

1945年8月15日生まれの友人がいる。ものごころついてからは毎年ラジやテレビのその日のニュースで「あれから×年」と言われて、自分の年齢は忘れることのできないものだと言っている。ほんの少し後に生まれた私とは、甘い甘い砂糖に関する記憶がまったく違う。彼女にとってはごちそうであり、私にとっては当たり前のことだった.そういう話をしながら戦後の復興の速さを実感していたのかもしれない。彼女は防空壕のなかで生まれたのではなかったのかな。あれ、それは別の友人だったかな。


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# by suigyu21 | 2014-07-29 21:04 | Comments(0)