水牛だより

たまごサンド、片岡的な

明日にはためしてみようと思っているたまごサンドのレシピ。
たまごは一人ならふたつ、二人なら三つを固茹でにする。殻をむいて、細かく切り刻む。そこにトマトケチャップとウスターソースを少し、そしてマヨネーズを加えてふんわりとまぜる。ねっとりとしてしまってはいけない。教えてくれたのは片岡義男さん。テーブルに置かれていたコーヒーの受け皿からスプーンを取り上げて、ソースの分量はこのスプーンに軽く2杯ほどです、ソースの味を感じるほど入れてはいけない、と具体的な指示つきだった。おいしそうなので独り占めしないで、メモの代わりとしても書いておこうと思った。

到来物のたまごをおすそ分けするときに、焼きたてのパンもいっしょに持っていったから、たまごサンドへと話が続いていくのは当然のことだ。「物々交換しましょう」と言って、片岡さんが私にくれたのは、サルパ・ディ・ポリというグラッパの小さな瓶。必要以上に酒飲みと認識されているらしい。新刊の『短編を七つ、書いた順』の最後に書かれた「グラッパをかなりかけます」に出てくるのと同じものだ。グラッパの入った細いガラスの瓶が円筒形の金属のケースに入っている。ケースの蓋を開けると、密封されているはずの瓶からグラッパの香りが漂ってくるのがすばらしい。円筒形のケースに入っていることでラッピングなどがやりやすいのだろうとまずは思ったが、開封のときの効果だってきちんと考慮されているのかもしれない。人間の思想のかたまりのような小さなモノを存分に受けとめた。

たまごサンドの話と物々交換はその日のちいさな特別な話題だったのだけれど、主題はいつもの通り、これから片岡さんが書く予定の小説などについてだった。つまり、いつだって、仕事のために会っているのだ、ときどきそのことを忘れる瞬間があるにしても。これから書くであろう短編小説や長編小説、そして新しいタイプの私小説について、片岡さんがどのように考えているのか、そのアイディアを語ってくれる。聞くまではわからないのは当然として、聞いてもわからないことは多い。そのわからない感じがおもしろさに通じているのではないか。などと思っていると、わからないなりに何か言いたいことも出てくる。「こういう話」とまとめられない、ストーリーというものから自由である小説はどうですか? 最近の短編はすでにそうなっていると思うので、もっともっとその方向へいったものが読みたいです。と言ったのだが。。。
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# by suigyu21 | 2014-04-17 22:54 | Comments(4)

目的はありません

メールというものを使うようになったときには、メールを送る相手も送られて来る相手もすでに知っている人たちだった。手紙と電話の中間くらいの感じだったけれど、手紙のようにある長さを書かなくてもいいし、電話のように相手との受け答えはないし、少し距離があるところが気に入っていた。

知り合いとのメールは当初のままの感じが持続しているから特に問題はない。いまは知らない人からもメールは来るし、知らない人にメールを出さなければならないこともあるので、よく考えて書かなくてはいけない。気が重くなることも多い。

ブログは手紙ではないから、書きっぱなしでいい。たまにコメントが書かれていることはあるけれど、それを期待して書いているわけではないし。

フェイスブックやツイッターなどのSNSはもっと瞬間的な感じがする。個人的にツイッターのほうを好んでいるのは、読みたいものはこちらの都合だけで読むことができるところだ。時間とともに消えていく(ように見える)ところも案外いいと思える。

定期的に読んでいる実際には知らない人たちのブログでは、病気になったり、結婚したり、こどもが生まれたりと、その人たちの日常におこるさまざまなことがらともつきあうことになってしまう。こどもが生まれた人は三人いて、ひとりは先月無事にこの世にやってきた。母親の病気のあとの、しかも人工授精の結果だった。あとのふたりは3歳くらいになる。ときどき写真が掲載されていると、成長を確認して喜んだりしてしまう。親の顔すら知らないのに、おかしなことだ。

自分のこのブログはというと、何のために書いているのか、実ははっきりとした目的はない。やめてもいいとは思うのだが、そのときは自分で決めたい。更新しないと宣伝がトップに来る、続けている限り、あれだけは避けたいと、とりあえず今日も書いて更新するのだった。スミマセン。
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# by suigyu21 | 2014-03-29 20:59 | Comments(0)

ポルトガルはペソアからはじまる

花びらや蕾がちょうどあの雪に覆われた椿の花はその部分が茶色く変色してしまっていつもの年のように美しくない。茶色くへたりきった半分を抱えながら半分は新鮮に咲いているが、いつもの年のようには花が目立たない。でもそれは椿には関係のないことだろうと思うが、もしかしたら咲くときに少し苦しいのかしら。

年下の友人たち三人とポルトガル料理を食べた。ふたりは彼女たちが子供のころから知っているので、会って話していると、突然昔の記憶がよみがえってくるのがおもしろい。まあ、たいていはどうでもいいようなことだから忘れているのはむしろ当然なのだ。彼女たちの母親とまず知り合って、そしてそれから彼女たちとも友だちといえるようになった。年齢差が縮まることはないが、30歳を過ぎていれば差はあまり感じないで話している。年齢の差や世代の差というものには鈍感なので、違いがあってもそれをおもしろく感じることのほうが多いし、そもそも違いはどこから来るのかわからない。

ツイッターでフェルナンド・ペソアのボットをフォローしてからというもの、短く切り取られたペソアのテキストを毎日何度も目にする。そしてつい、手もとにある『不安の書』を開く。こういう読みかたは新しいのかもしれないとふと思う。さらにペソアからの連想で、タブッキの『レクイエム』を再読した。そこにいろんなポルトガル料理が出てきて、巻末には料理についてだけの注釈もある。どんな味がするのかと気になっていたところに、ポルトガル料理を食べようという提案があったので、その偶然もひとりで楽しんだ。

タブッキの小説に似合うのは、最後にお店の人がすすめてくれた鯛のリゾットかな。ポルトガルではみんな盛大にデザートを食べるのですと言われて、リゾットの後に四種類のデザートを頼み、四つのお皿を回しながらみんなで食べた。四人がかりでもクリームたっぷりのセラドゥーラを少し残したのは、私だけでなく、みんな食べ盛りを過ぎていることの証拠だった。
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# by suigyu21 | 2014-02-26 20:25 | Comments(0)

冬の養生

アロマテラピーが日本ではまだあまり知られていないころに、ふとしたきっかけでそれを知ることになった。イギリス帰りの友だちから精油のちいさな瓶をもらって、なんていい匂いなの、と思ったのだった。それから今日まで、精油はいつも身近に置いている。精油のほとんどはそのままで使うには強すぎるから、キャリアオイルで希釈して使うので、冬のものだという気がする。部屋中に香りが充満するのもいいんです。

何年か前に、これも友だちが売っていたので買った、ドイツ製のカイロ。カイロとは言っても、赤い厚手の木綿の袋の中にさくらんぼの種子が入っているだけ。それをレンジで温めて使う。頭の後ろ、首の後ろ、両方の肩甲骨などをぬくぬくと温めて、その後はお腹に乗せる。こうして書いても、なかなかその心地よさは伝わらない。それに心地よさそのものも、そのとき限りのもので、忘れてしまうものだ。

今年は葛根湯が加わった。寒さが体の中まで侵入したきたと感じたら、一服のむ。すると風邪にまではいたらない。風邪をひいてからではちょっと遅いかもしれないな。

そして、もっとも大事なのは寝ること、睡眠です。眠ったあとにもトイレに起きたりするし、夢は見るし、ふと目を覚ましたりするし、熟睡中に同じ部屋に寝ている者が音をたてたりするし、一晩中静かに眠ることはなかなかむつかしい。朝目を覚まして、いつもより遅い時間だと、とっても得した気分になって、それからまたしばしの間、布団のなかでぬくぬくする。

明日の立春からまた寒くなるらしいので、温まってから眠ろう。お風呂にとっぷりつかる。冷たい飲みもの(ビール)はご法度です。
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# by suigyu21 | 2014-02-03 21:36 | Comments(0)

忘れられない忘年会というのは矛盾です

ことし最後の月になって、たくさんの忘年会に誘われた。こんなにたくさんの人たちに会ったのは、実はお別れで、来年あたり死んでしまうのだろうかと、ロマンチックな妄想が立ちのぼってくる。実際にそうなったらすばらしい。

忘年会の一つは幹事を務めた。だいぶ年上のトラたちの忘年会だったから、永遠に年下としての役割はいつも楽しく引き受ける。トラたちというのは、1938年寅年生まれの鎌田慧、高橋茅香子、高橋悠治、津野海太郎、林のり子、平野甲賀、それはもう元気な面々。この人びとは個別に知り合って、その結果、全員が知り合うことになり、現在にいたっている。それぞれがその人でしかありえない個性を高めていて、さらに超という字をつけてもいい頑固者でもあるが、しかし、ジコチューというようなものとはまったく無縁だ。あれだよな、そうだよそれだ、などとと固有名詞なしで勝手に分かり合っているし、手もとのグラスはひっくり返すし、一応そのために集合したはずのテーマはすぐに忘れ去られたのか、最初から誰もわかっていなかったのか。

毛皮のコートを着たニシンという名前のグルジア料理を食べつつ強いウオッカを飲んで、ただ楽しく笑って飲んでいる悪ガキみたいな顔を見ていると、それが感染するのだった。彼らの身近にいるのはおもしろい。それは自分にとっての選択でもあったのだとあらためて意識した夜でありました。
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# by suigyu21 | 2013-12-29 23:55 | Comments(2)

ミッキー・片岡

待ち合わせのコーヒー・ショップにあらわれた片岡義男さんは、校正用紙の入ったリサイクル用紙で出来たオレンジ色の封筒をテーブルの上にばさりと置くと、チェックのシャツの左の袖口を黙って折り返して、手首の甲のほうを私のほうに向けた。そこにはミッキーマウスの腕時計の文字盤が金色に輝いていた。ははははは、と私は笑った。かわいいですね、よく似合ってます。

腕時計のなかではミッキーの右手が短針、左手が長針になっていて、現在の時刻を示している。それでさ、と言って片岡さんは椅子から立ち上がって傍らに立った。足はこういうふうにほとんど180度に開いてるでしょう、そして6時30分になると、右手と左手が文字盤の下のほうで、まるでなにかを隠すように重なるんです。と実演してくれる。私だけのために繰り広げられるショーを見て、またも、ははははははは、と笑わずにはいられない。

片岡さんが椅子にすわりなおして、私の笑いもおさまり、さて、校正紙を見ると、その6時30分のミッキーは小説の重要な役割をは果たしているのだった。雑誌で発表されるのは来年なので、楽しみに待っていてください。

ひとつ前に小泉英政さんの「国に拠らず」のことを書いたが、片岡さんも「国に拠らず」生きている人だ。大学を出て就職したのに3か月でやめ、それ以後はフリーランスを貫いている。書く人になってからも、大学の先生になったりはせず、書くことだけで生活を成り立たせている。80年代の活躍からごく一般的にイメージされているようなやわな人ではありません。自由でいるのがもっとも大事なことだというのは、生きかたから、そして小説からもわかるようになった。
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# by suigyu21 | 2013-12-13 21:49 | Comments(0)

国に拠らず

岩波新書で小泉英政さんの『土と生きる 循環農場から』が出版されたのは今年9月だ。9月といえば農繁期でもある。ようやくそのお祝いの会が出来たのは12月7日のことだった。小泉さんの作る野菜を使った料理がたくさん並ぶカウンター席での小泉さんを囲む少人数のお祝いはとてもよかった。小泉さんが「書く」ということについて話すのを聞くのは楽しい。ベ平連のころに、「思想の科学」に書くことになって、鶴見俊輔さんに、一冊の本にすることを考えて書くように、と言われたという話は、長いつきあいだけど、はじめて聞いたことだった。

月に一度届く循環農場の野菜のダンボール箱を開けると、新聞紙に覆われた野菜の上に、「循環だより」というA4一枚のビラが入っている。野菜から浸出してくる水分を吸って、紙はたいていしっとりとしめっている。小泉さんが書くこのビラの蓄積から本は生まれた。毎回一枚のものなので、読んでから捨てることもあるが、心にとまることが書いてあると、保存してある。新書が出たあとの10月後半のビラはとってあった。その一節。

「ぼくが文章を書く時、ほとんど無意識のうちに気にかけていることがあります。一つは、人を感動させないように書くという事です。これは、詩人、金子光晴の教え(実際会った訳ではないが)です。もう一つは、正義を振りかざさないという事です。これは非暴力の座り込みから学んだ事です。もう一つは、自分が何を感じたか、どう思ったのかをつきつめて書くという事です。前の二つは、いつも念頭には置いていませんが、三点目の、自分はどう思ったのかという問いは、いつも自分に発しながら、机に向かっています。」

書き下ろされた四章にあたる「国に拠らず」を読むと、これらの三つのことはどういうことか、実際に感じることができる。なにを書くかはもちろん大事だけど、どのように書くか、はもっと考えなければいけない。こんな世の中だからこそ、感動と正義からどう距離をとるか、もっともっと考えなければいけない。
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# by suigyu21 | 2013-12-09 22:53 | Comments(0)

読まなければわからない

『捨てる女』(内澤旬子 本の雑誌社)がやってきたので、ふとページを開いたらそのまま最後まで読んでしまった。おもしろいからですよ、もちろん。そのおもしろさを書いてみたいなと思ってしまった。内澤旬子さんは(おかしな)友だちだ。友だちの書いた本は読む、そして黙っている、それが友だちとしての正しい態度だと思っているのに。

友だちであるから、会えばあれこれ話す。この本に書かれていることのほとんどは旬子さんから聞いている。のだが、読むほうが断然おもしろかった。書いている人の理屈や論理がすんなりと通っている。それなのに、文章のスタイルは真面目な絶叫型とでも言うのか、理屈や論理とは似合わないと思っていても、そのスタイルに導かれて理屈や論理に行き着いてしまうのが、ほんとうに愉快な、読むということだった。

旬子さんから製本用の紙は無事に譲り受けたから、少しずつ使っている。イワトでの原画とお宝本の展示・即売会では、会場で「満月バー」をやった。ちいママ旬子に助けてもらった。捨てる女・旬子がそのときにどのような精神状態だったのか、それは本を読まなければわからないことだった。いまはわかっています、スミマセン、という感じも悪くはない。
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# by suigyu21 | 2013-11-26 21:33 | Comments(0)

自転車に乗って

どのようにして自転車に乗れるようになったのか。子供のころのことだったが、いきなり大人用の自転車に乗ったような気がする。思い切ってスピードを出すと、うまくいった。もちろん自転車ごとこけたこともあった。少なくとも補助車輪のついた子供用の自転車に乗った記憶はないし、そもそもそんなもの、なかったような気がする。最近はペダルのない幼い子供用の自転車を見ることがある。ペダルがないので自分の両足で道路を蹴りつつ加速するから、いつでも両足かあるいはどちらか片方の足が地面についていて安定しているし、自由自在に操っている子供もいて見とれたりもする。

小学生のころ、母の実家にいくと、大学生だった叔父がときどき自転車のうしろに私を乗せて、西武線の線路のむこうの田舎の道を走ってくれた。大きくて重い黒い自転車だ。視線は上に向けて木々の隙間から見える空を味わい、お尻には車輪から伝わる砂利道のプチプチの感触があり、そうして走る音は耳から感じるのだが、ぜんたいは全身で受けとめる速さの爽快な感覚だった。なにもしゃべらずに乗っているだけで充足していた。だから自力で乗ってみたいと思ったのだろう。

「現代のような時代にあって自動車や列車と比べたときの自転車という乗り物の優位性はもしかしたら、同乗者がいないというただその一点に尽きるのかもしれない。」(『往古来今』磯崎憲一郎 2013 文藝春秋)

カメラを手にして歩いていると、町のいたるところに美しい自転車があることに気づく。いまはもう自転車には乗っていないから、被写体として鑑賞してみようか。
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# by suigyu21 | 2013-11-01 21:27 | Comments(0)

命は養うもの

テーブルの上に置きっぱなしの栃の実をときどき触ってみる。少し縮んだ。これで保存態勢になったのかもしれない。

10月は生まれた月だ。誕生日の夜は国際ドキュメンタリー映画祭で山形にいて、東京から各々行っていた人たちと遅い夜に集まって夕食をした。すでに飲み始めていた人もいたけれど、とりあえず「おめでとう」と乾杯をしてもらった。こんなふうに偶然そこにいる人たちと軽く過ごせる誕生日がいい。一年は365日しかないのだから、同じ誕生日の人はたくさんいるにきまっている。そのことを証明するように、乾杯してくれた人の一人のお母さんと同じ誕生日だった。

夜の映画を会場の前の広場で待っているときに、東京の友人から電話があった。生まれてきてよかったねと言われた。誕生日のいまこのときだけでなく、これまでの時間のすべてにおいてそれは言えるよ、と。お祝いに養命酒を送る、と言われたときには、もう高齢だから、というひと言が明らかに言外に聞こえたので笑った。この電話が養命酒より効いたから、もうじゅうぶん、実際に送ってくれなくてもいいんです。渋谷から帰宅するときに乗るバスが最初に停まるのは「道玄坂上」で、目の前が養命酒ビルなのよ、と私。そう、まだあるんだ、昔、近所に住んでいたお姉さんが勤めていたなあ、と友人は言った。

まだ夏の暑さが充分すぎるほどに残っている日に、カタルーニャ料理をごちそうになって、おしまいにくるみのリキュールを飲んだ。お酒の黒い色は薬草が溶け込んだ色だという。甘くて薬くさくて、食事のあとによろしい感じがする。養命酒みたいだね、と言い合って飲んだ。帰りの電車に乗り、運よく座席にすわってふと正面を見ると、窓とドアの間に貼ってある小さなステッカーでゴルゴ13が勢いよく養命酒を宣伝していた。偶然なのだろうか。飲んだときにはまったく平気だった養命酒のようなくるみのリキュールは帰宅したころにじわじわ効いてきて、気持ちのよい眠りに落ちた。
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# by suigyu21 | 2013-10-20 21:10 | Comments(1)