水牛だより

姉です

水牛を更新しました。見てね。

片岡義男さんの翻訳を読んだことがないので、図書館の保存庫から『ふくろうが私の名を呼ぶ』(マーガレット・クレイヴン 片岡義男訳 角川書店1976)を借りて読んだ。タイトルに惹かれたわけです。
不治の病をかかえた青年牧師がキングカムという人里をはなれたインディアンの村に派遣される。そこではじめて会うインディアンの若者。「高慢さとは関係のない、誇りが、インディアンの目にあった。その誇りのすぐ後ろには、深い悲しみが横たわっていた。深すぎるほどに深い。マーク・ブライアンの想像をはるかにこえた太古の神秘にまでつながっているような悲しみだった。」
マーク・ブライアンという青年牧師は病気ではなく、地すべりによって事故死する。それまでの二年ちかくをインディアンたちの村で暮らし、生きることを学んでいくうちに、彼の目にも悲しみが横たわるようになっていた。
ドラマティックに陥らず、静謐で抑制のきいた描写は、まるで片岡さんのスタイルそのままのようだけど、実際の経験を著者が70歳をすぎて書いたことと関係がありそうだ。

片岡さんといえば。
あるとき地下鉄のプラットフォームで片岡さんと立ち話をしていたら、「まるできょうだいのように見える」と言われた。もちろん、わたしが姉で片岡さんは弟である。年齢ではなくキャラクターのモンダイです。
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# by suigyu21 | 2007-11-01 22:27 | Comments(2)

模索舎

水牛のCDを置いてくれるというので模索舎へ。
むかしと同じドアをくぐったのはいったい何年ぶりだろう。新宿や渋谷のどんなに品揃えのよい大型書店でも見ることのない、ミニコミ(自主流通出版)や少流通出版物が店内にあふれている。ミニコミの傾向はむかし(「水牛通信」を出していたころ)と同じではないし、AVの作品がふえているのは時代というもの。ときどき覗きに来ようと思う。『歌っておくれ、ビオレッタ——証言で綴るチリ・フォルクローレ歌手の生涯』(B・シュベールカソー、J・ロンドーニョ編著 新泉社 1988)を買った。ビオレッタ・パラはタペストリーを作るのにも熱中し、パリのルーブル美術館で展示会をおこなったほどだった。見てみたい。
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# by suigyu21 | 2007-10-26 20:14 | Comments(0)

ルリユール

羽田野麻吏さんの工房をたずねて、ピシッとしていて、それはそれは美しい手製本(ルリユール)を見せていただく。いくつもの行程を経て、そのための時間をまとっているような、この世に一冊だけの本のたたずまいと手触り。青空文庫製本部を続けて、あるプロトタイプをつくってゆくためには、最高のできばえのものを見ることは必要だ。同じものをめざすのではなく、簡便なところにとどまる。でもその延長にあのルリユールがあることをいつも意識していよう。

日本では仮綴じの本というものは売られていない。手製本のために中身だけを作って売るのもアリかもしれないな、などと思う。
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# by suigyu21 | 2007-10-18 23:25 | Comments(2)

秩序の原形を感じる

生まれてきて、なんとかおとなになって、そしてお酒を楽しめるようになってよかったな〜と思うことがある。たとえば吉田健一を読むときに。

「多くの人々の説とは反対に、酒は我々を現実から連れ去る代りに、現実に引き戻してくれるのではないかと思ふ。長い間仕事をしてゐる時、我々の頭は一つのことに集中して、その限りで冴え切つてゐても、まだその他に我々を取り巻いてゐる色々のことがあるのは忘れられ、その挙句に、ないのも同じことになつて、我々が人間である以上、さうしてゐることにそれ程長く堪へてゐられるものではない。
 さういふ場合に、酒は我々にやはり我々が人間であって、この地上に他の人間の中で生活してゐることを思い出させてくれる。仕事をしてゐる間は、電灯はただ我々の手許を明るくするもの、他の人間は全く存在しないものか、或は我々が立ててゐる計画の材料に過ぎなくて、万事がその調子で我々に必要なものと必要でないものとに分けられてゐたのが、酔ひが廻つて来るに連れて電灯の明りは人間の歴史が始つて以来の灯し火になり、人間はそれぞれの姿で独立してゐる厳しくて、そして又親しい存在になる。我々の意思にものが歪められず、あるがままにある時の秩序が回復されて、その中で我々も我々の所を得て自由になつてゐることを発見する。仕事が何かの意味で、ものの秩序を立て直すことならば、仕事に一区切り付けて飲むのは、我々が仕事の上で目指してゐる秩序の原形を再び我々の周囲に感じて息をつくことではないだらうか。」(吉田健一「甘酸つぱい味」より)
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# by suigyu21 | 2007-10-11 00:30 | Comments(0)

肝心かなめの領域

ジンは想像力のはたらきをよくすると請け合っているのはルイス・ブニュエルだ。『映画、わが自由への幻想』(早川書房 1984)には「現世のたのしみ」というタイトルでお酒と煙草についての一章がある。その一章のためだけにもこの本を手放せない。バーとアルコールと煙草は好きでたまらない、肝心かなめの領域である、とブニュエル自身も書いている。煙草が身につかなかったのがちょっと残念に思えたりします。その中の実用的な一節を以下に。

「いうまでもなく、わたしはバーでは葡萄酒を飲まない。葡萄酒は純粋に肉体的なたのしみであって、どうあろうと、想像力を刺戟してはくれない。
 バーに坐って、夢想をよび出し、維持するには、イギリス産のジンがなくてはならぬ。わたしのごひいきの飲みものはドライ・マーティニだ。
 ………
 長い経験の結実であるわたし流のつくりかたを、ここで披露させていただきたい。いつもこのやりかたで、なかなかうまく行っているのだ。
 客が来る前日に、グラス、ジン、シェーカーと、必要なものはすべて冷蔵庫に入れておく。手持ちの寒暖計で、氷が零下二十度前後になっていることをたしかめておく。
 翌日、友人たちがそろってから、いるものを全部とり出す。とびきり堅い氷の上に、まずノワイー・プラットを数滴と、アンドストゥーラを小さな茶さじに半杯、たらす。一緒にシェークして、外に出す。二通りの香りがうっすらついた氷だけとっておき、この氷の上に、生《き》のジンを注ぐ。もう一度さっとシェークして、グラスにつぐ。それだけのことだが、これにまさるものはない。」
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# by suigyu21 | 2007-09-30 20:38 | Comments(3)

「理性に油を注ぐ酒」

「だってね、あなた、かつてはホントに凄かったんですよ。食事の伴どころか、食事代削ったって酒代だけは確保する。飲むためだけに、飲んでいた。ただし、昼間から飲むことだけはするまい、その一線を越えるのはマズイと思っていたので、ひたすらに夜を待つ。暗くなってくると、ソワソワする。
 さあ飲めるぞ、嬉しいな。
 私は大勢で酒を飲むのが好きではない。うるさい。くだらない。集中できない。したがって、夜な夜なアパートの一室で独り酒を飲むことになるのですが、これが凄かったんですよ。一升瓶を抱え込んでいるわけですから、ドブドブ注いで、ガブガブ呷る。安酒は全身を経巡り、思考は脳天を突き破り、もう火が出るかという勢いでしたね。
 なんでそんなに酒を飲んだのか、欲したのかという理由が、つまりこれのようです。たぶん変わっています。酒を飲むと、私は異様に頭が冴えてくる。「頭が」というのは不正確で、正確には「理性が」というところ、酒を飲むと私はいよいよ理性的になってくる。これが自分で面白くて、夜な夜な鯨飲しては理性に油を注いでいたようです。」
(『暮らしの哲学』池田晶子(2007 毎日新聞社))

飲んでいる時、「異様に頭が冴えてくる」状態になることは私にもある。お酒は強くないし、飲むようになったのは30を過ぎてからなので、こういうのを読むとうらやましい。昼間からキンと冷えたジンなんかをストレートで飲んで、すずしい顔をしていられたらすてき。休日の晴れた昼にそんなことを思ってみる。見果てぬ夢です。
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# by suigyu21 | 2007-09-22 11:51 | Comments(3)

地味に生きる

奄美についた日の夜、食事しながら黒糖酒を飲んで、お店の人となにやら話していたら、島の人ですか、と聞かれた。まだ一日未満の滞在なのに、そんなに奄美にとけこんでいたのだろうか。そういえば、タイや香港ではよく道を尋ねられたな。香港のデパートで、何か話しかけてくるおばさんがいたので、「広東語はわかりません」と言ったら、「そお?」とぜんぜん驚かず、言葉が通じないことなんかおかまいなしにどんどん話しかけてくる。ついに上着の試着につきあって、知ってる限りの広東語の単語を駆使して似合うの似合わないのと意見まで言い、おばさんとの一期一会を楽しんだ。

どこでも地元の人間だと思われるのは、そこに溶け込んでいるからというよりは、目立たないからだと思う。地味に生きているのだ。
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# by suigyu21 | 2007-09-16 17:47 | Comments(3)

こどものころ、阿武隈川の支流の近くに住んでいたことがある。本流(?)に合流する直前のところだったので、ふつうに大きな川だった。毎日一度は岸の上に立って観察していると、いろんな風景に出会う。白いヘビが泳いでいるのを見たこともあった。流れの際には深いところもあって、そこは深い静かな青。水はつめたくて、夏、泳いでいるこどもがおぼれたりする。ふだんは川原がひろがっているのだが、雨がふると流れは勢いをまして濁流となり、川原を埋め尽くす。

というようなことを台風一過の朝に思い出して、多摩川を見に行った。田園都市線二子玉川駅はプラットホームの三分の一くらいは多摩川の上にかかっていて、見晴らしがよい。そして、多摩川は今まで見たこともないほどに増水していた。土手の下まで水がせまり、遊歩道も野球場もみんな水の下。すごい!
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# by suigyu21 | 2007-09-07 22:24 | Comments(0)

9月

水牛を更新しました。見てね。

わかいころ、偏屈なじいさんの友だちがいるといいなあと思っていた。ふとまわりを見ると、昔からの男友だちはみな偏屈なじいさんになっている。しかし、こちらもちゃんとばあさんになっているので、わかいころの夢が叶ったというわけにはいかない。ばあさんには偏屈な若いボーイフレンドがあらまほしい。その気になってみようか。
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# by suigyu21 | 2007-09-03 00:20 | Comments(3)

行きも帰りも

奄美自由大学に行っていた。

行きは早朝の便。東京から奄美への直行はこれ一便しかない。この日も暑い日だったので、窓から下を見ると、海から水蒸気が柱のようにうっすらといくつものびて、その先に厚い雲がひろがっている。そして、その水蒸気の柱の部分に虹がかかっている。飛行機の進行につれて、水滴のプリズムを通る太陽の光がまあるい虹の帯となっては消えていく。あんなにたくさんの虹を見たのははじめてだ。

帰りは夜の便。奄美から東京への直行はこれ一便だけ。地上は雲のおおい天気だったが、巡航高度まであがると、雲ははるか下にあり、皆既月食がきれいに見えた。比較するものがないので、月はあまり大きくはないが、あかるいところも影の部分もくっきりと美しい。
羽田空港にはすごい雷雨のなかを着陸した。月は雷雲の上にすっかりかくれて、窓のとなりで稲妻が光っていた。

飛行機の座席の座り心地はわるかったが、行きも帰りも窓の外は美しかった。暑い夏の奄美での5日間を祝ってもらったみたいだ。
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# by suigyu21 | 2007-08-29 15:42 | Comments(2)