水牛だより

秩序の原形を感じる

生まれてきて、なんとかおとなになって、そしてお酒を楽しめるようになってよかったな〜と思うことがある。たとえば吉田健一を読むときに。

「多くの人々の説とは反対に、酒は我々を現実から連れ去る代りに、現実に引き戻してくれるのではないかと思ふ。長い間仕事をしてゐる時、我々の頭は一つのことに集中して、その限りで冴え切つてゐても、まだその他に我々を取り巻いてゐる色々のことがあるのは忘れられ、その挙句に、ないのも同じことになつて、我々が人間である以上、さうしてゐることにそれ程長く堪へてゐられるものではない。
 さういふ場合に、酒は我々にやはり我々が人間であって、この地上に他の人間の中で生活してゐることを思い出させてくれる。仕事をしてゐる間は、電灯はただ我々の手許を明るくするもの、他の人間は全く存在しないものか、或は我々が立ててゐる計画の材料に過ぎなくて、万事がその調子で我々に必要なものと必要でないものとに分けられてゐたのが、酔ひが廻つて来るに連れて電灯の明りは人間の歴史が始つて以来の灯し火になり、人間はそれぞれの姿で独立してゐる厳しくて、そして又親しい存在になる。我々の意思にものが歪められず、あるがままにある時の秩序が回復されて、その中で我々も我々の所を得て自由になつてゐることを発見する。仕事が何かの意味で、ものの秩序を立て直すことならば、仕事に一区切り付けて飲むのは、我々が仕事の上で目指してゐる秩序の原形を再び我々の周囲に感じて息をつくことではないだらうか。」(吉田健一「甘酸つぱい味」より)
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# by suigyu21 | 2007-10-11 00:30 | Comments(0)

肝心かなめの領域

ジンは想像力のはたらきをよくすると請け合っているのはルイス・ブニュエルだ。『映画、わが自由への幻想』(早川書房 1984)には「現世のたのしみ」というタイトルでお酒と煙草についての一章がある。その一章のためだけにもこの本を手放せない。バーとアルコールと煙草は好きでたまらない、肝心かなめの領域である、とブニュエル自身も書いている。煙草が身につかなかったのがちょっと残念に思えたりします。その中の実用的な一節を以下に。

「いうまでもなく、わたしはバーでは葡萄酒を飲まない。葡萄酒は純粋に肉体的なたのしみであって、どうあろうと、想像力を刺戟してはくれない。
 バーに坐って、夢想をよび出し、維持するには、イギリス産のジンがなくてはならぬ。わたしのごひいきの飲みものはドライ・マーティニだ。
 ………
 長い経験の結実であるわたし流のつくりかたを、ここで披露させていただきたい。いつもこのやりかたで、なかなかうまく行っているのだ。
 客が来る前日に、グラス、ジン、シェーカーと、必要なものはすべて冷蔵庫に入れておく。手持ちの寒暖計で、氷が零下二十度前後になっていることをたしかめておく。
 翌日、友人たちがそろってから、いるものを全部とり出す。とびきり堅い氷の上に、まずノワイー・プラットを数滴と、アンドストゥーラを小さな茶さじに半杯、たらす。一緒にシェークして、外に出す。二通りの香りがうっすらついた氷だけとっておき、この氷の上に、生《き》のジンを注ぐ。もう一度さっとシェークして、グラスにつぐ。それだけのことだが、これにまさるものはない。」
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# by suigyu21 | 2007-09-30 20:38 | Comments(3)

「理性に油を注ぐ酒」

「だってね、あなた、かつてはホントに凄かったんですよ。食事の伴どころか、食事代削ったって酒代だけは確保する。飲むためだけに、飲んでいた。ただし、昼間から飲むことだけはするまい、その一線を越えるのはマズイと思っていたので、ひたすらに夜を待つ。暗くなってくると、ソワソワする。
 さあ飲めるぞ、嬉しいな。
 私は大勢で酒を飲むのが好きではない。うるさい。くだらない。集中できない。したがって、夜な夜なアパートの一室で独り酒を飲むことになるのですが、これが凄かったんですよ。一升瓶を抱え込んでいるわけですから、ドブドブ注いで、ガブガブ呷る。安酒は全身を経巡り、思考は脳天を突き破り、もう火が出るかという勢いでしたね。
 なんでそんなに酒を飲んだのか、欲したのかという理由が、つまりこれのようです。たぶん変わっています。酒を飲むと、私は異様に頭が冴えてくる。「頭が」というのは不正確で、正確には「理性が」というところ、酒を飲むと私はいよいよ理性的になってくる。これが自分で面白くて、夜な夜な鯨飲しては理性に油を注いでいたようです。」
(『暮らしの哲学』池田晶子(2007 毎日新聞社))

飲んでいる時、「異様に頭が冴えてくる」状態になることは私にもある。お酒は強くないし、飲むようになったのは30を過ぎてからなので、こういうのを読むとうらやましい。昼間からキンと冷えたジンなんかをストレートで飲んで、すずしい顔をしていられたらすてき。休日の晴れた昼にそんなことを思ってみる。見果てぬ夢です。
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# by suigyu21 | 2007-09-22 11:51 | Comments(3)

地味に生きる

奄美についた日の夜、食事しながら黒糖酒を飲んで、お店の人となにやら話していたら、島の人ですか、と聞かれた。まだ一日未満の滞在なのに、そんなに奄美にとけこんでいたのだろうか。そういえば、タイや香港ではよく道を尋ねられたな。香港のデパートで、何か話しかけてくるおばさんがいたので、「広東語はわかりません」と言ったら、「そお?」とぜんぜん驚かず、言葉が通じないことなんかおかまいなしにどんどん話しかけてくる。ついに上着の試着につきあって、知ってる限りの広東語の単語を駆使して似合うの似合わないのと意見まで言い、おばさんとの一期一会を楽しんだ。

どこでも地元の人間だと思われるのは、そこに溶け込んでいるからというよりは、目立たないからだと思う。地味に生きているのだ。
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# by suigyu21 | 2007-09-16 17:47 | Comments(3)

こどものころ、阿武隈川の支流の近くに住んでいたことがある。本流(?)に合流する直前のところだったので、ふつうに大きな川だった。毎日一度は岸の上に立って観察していると、いろんな風景に出会う。白いヘビが泳いでいるのを見たこともあった。流れの際には深いところもあって、そこは深い静かな青。水はつめたくて、夏、泳いでいるこどもがおぼれたりする。ふだんは川原がひろがっているのだが、雨がふると流れは勢いをまして濁流となり、川原を埋め尽くす。

というようなことを台風一過の朝に思い出して、多摩川を見に行った。田園都市線二子玉川駅はプラットホームの三分の一くらいは多摩川の上にかかっていて、見晴らしがよい。そして、多摩川は今まで見たこともないほどに増水していた。土手の下まで水がせまり、遊歩道も野球場もみんな水の下。すごい!
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# by suigyu21 | 2007-09-07 22:24 | Comments(0)

9月

水牛を更新しました。見てね。

わかいころ、偏屈なじいさんの友だちがいるといいなあと思っていた。ふとまわりを見ると、昔からの男友だちはみな偏屈なじいさんになっている。しかし、こちらもちゃんとばあさんになっているので、わかいころの夢が叶ったというわけにはいかない。ばあさんには偏屈な若いボーイフレンドがあらまほしい。その気になってみようか。
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# by suigyu21 | 2007-09-03 00:20 | Comments(3)

行きも帰りも

奄美自由大学に行っていた。

行きは早朝の便。東京から奄美への直行はこれ一便しかない。この日も暑い日だったので、窓から下を見ると、海から水蒸気が柱のようにうっすらといくつものびて、その先に厚い雲がひろがっている。そして、その水蒸気の柱の部分に虹がかかっている。飛行機の進行につれて、水滴のプリズムを通る太陽の光がまあるい虹の帯となっては消えていく。あんなにたくさんの虹を見たのははじめてだ。

帰りは夜の便。奄美から東京への直行はこれ一便だけ。地上は雲のおおい天気だったが、巡航高度まであがると、雲ははるか下にあり、皆既月食がきれいに見えた。比較するものがないので、月はあまり大きくはないが、あかるいところも影の部分もくっきりと美しい。
羽田空港にはすごい雷雨のなかを着陸した。月は雷雲の上にすっかりかくれて、窓のとなりで稲妻が光っていた。

飛行機の座席の座り心地はわるかったが、行きも帰りも窓の外は美しかった。暑い夏の奄美での5日間を祝ってもらったみたいだ。
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# by suigyu21 | 2007-08-29 15:42 | Comments(2)

青空文庫製本部

青空文庫10周年記念パーティの日に発足した製本部。なんとなくはじめたことだが、青空文庫のテキストをもう一度本のかたちに取り戻す試みとして、手製本をしばらく続けてみようということになった。続けているうちに、青空文庫仕様の手製本のやりかたができてくればうれしい。

パーティ当日に限定1部として販売した手製本のタイトルを備忘のために記しておく。まとまりも思想もない、いきあたりばったりの品揃え(?)で、製本もハードカバーから一折りの中綴じまでさまざまなスタイルをためした。写真に撮っておかなかったのがちょっと悔やまれる。

『赤蛙』島木健作
『あたらしい憲法のはなし』
『幾度目かの最期』久坂葉子
『女百貨店』吉行エイスケ
『神楽阪の半襟』水野仙子
『環礁』中島敦
『昨日・今日・明日』織田作之助
『旧聞日本橋1』長谷川時雨
『旧聞日本橋2』長谷川時雨
『ぐうたら戦記』坂口安吾
『黒髪』近松秋江
『黒猫』島木健作
『Kの昇天』梶井基次郎
『源氏物語 夢の浮橋』与謝野晶子訳
『ジガ蜂』島木健作
『酒渇記』佐藤垢石
『処刑のはなし』フランツ・カフカ 大久保ゆう訳
『睡魔』蘭郁二郎
『鮨』岡本かの子
『地上』島田清次郎
『父』金子ふみ子
『テガミ』小林多喜二
『読書遍歴』三木清
『トコヨゴヨミ』田山花袋
『鳥』横光利一
『光の中に』金史良
『一房の葡萄』有島武郎
『貧乏』幸田露伴
『風琴と魚の町』林芙美子
『方子と未起』小栗虫太郎
『優しき歌』立原道造
『霊感』豊島与志男
『わが町』織田作之助

それではまた!(八巻美恵)
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# by suigyu21 | 2007-08-20 20:23 | Comments(0)

夏はボサノヴァ

ちょうど一年くらい前に『ブダペスト』という小説を読んだ。主人公はリオとブダペストで二重生活をおくるゴーストライター。ストーリーがすすむうちに、場所も言語も混乱の度合いを深くしていく。おもしろい。著者のシコ・ブアルキの小説を読むのははじめてだったし、ボサノヴァの詩を書き歌うひとでもあるというのもはじめて知った。

その後見たDVDはポルトガル語オンリーで、シコ・ブアルキが何を歌っているのか、何を言っているのか、さっぱりわからない。でも、歌のほとんどはトム・ジョビンのピアノだったし、アマゾンの鳥がプリントされたきれいなシャツを着てなにごとかをしゃべっているシコ・ブアルキのひとみはブルーグレイで美しく、見るに値するものだった。

この夏は「This is Bossa Nova」という映画を観て、それから3枚組のトム・ジョビンのDVDを観た。葉巻とアルコールがよく似合っているなあ。さらに妹のエレーナ・ジョビンが書いた『アントニオ・カルロス・ジョビン』と、息子が編纂した楽譜集がテーブルの上に置いてある。

はじめに『ブダペスト』をうちに持ち込んだのはわたしだが、あとはみな家人が調達してきたもの。まだまだ楽しめそうだ。

それではまた!(八巻美恵)
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# by suigyu21 | 2007-08-17 13:58 | Comments(1)

8月

せっかくこのブログをオープンしたのですが、「水牛だより」は元通りのデザインでできることになりました。このままここを閉じてしまうのもちょっと残念なので、少し続けます。まずは8月1日の水牛だよりを。すでに読んでくださったかた、ごめんなさい。

片岡義男さんが『ハワイに渡った海賊たち』(堀雅昭 弦書房)という本を送ってくださった。サブタイトルにあるように周防大島の移民史。戦後の項目のはじめに「片岡義男が見た原爆」とあって、そこにはこの島の出身である片岡さんのお祖父さん片岡仁吉一家の写真が載っています。明治41年にハワイで撮影されたもので、仁吉さん(29歳)と妻のシナさん(28歳)は着物姿です。お父さんの定一さんはこのとき8歳で、片岡さんによく似ておりこうそう。ハワイへ出稼ぎに出たたくさんのひとたちの中の一家族。片岡さんは自伝的事実をそのまま書いたりはしないけれども、この写真から懐かしさのようなものを感じるのは、片岡さんの書くことばの背後に霧のように流れているものと同じだからだと思います。海によって外に開かれたこの島は、宮本常一の出身地としても知られています。

「水牛のように」を2007年8月号に更新しました。
水牛の10枚目のCD「がやがやのうた」を来月発売します。「がやがや」のひとたちが、がやがやしているいつものままをCDに記録できたと思います。完成まであと一歩。楽しみに待っていてください。歌うことや音楽そのものについてふとかんがえてしまうCDです。
佐藤真紀さんとイブラヒム先生に会いにいきましょう。大阪、広島、徳島、横浜、東京でトークが予定されています。徳島では高校生以下とお遍路さんは無料だそうです。
初登場の仲宗根さんは沖縄から。青空文庫10周年記念パーティに顔をだしてくれた彼をつかまえて、引きずり込むことに成功したようです。
7月18日に亡くなった高田和子さんのご冥福を祈ります。そうなるとわかっているつもりでいても、別れはどうしようもなく突然におとずれたので、それをしずかに受け止めるのはむつかしいけれど。

「水牛の本棚」にスラチャイ・ジャンティマトンの短篇集を加えました。荘司和子さんの訳で、「水牛のように」に連載したものをまとめて読めるように。いつもノートとボールペンを持ち歩いて、どこででも何か書いていたスラチャイの姿がここにあります。なにげないスケッチのなかにきこえる、感じやすい魂の声。こんなふうに。「花がまた散ってくる。散り止まないでいてほしい。重い頚木から解かれかつて経験したことのないような自由を得て、羽のように軽く、風がそよぐようにふわりと、ぼくの感性の中で明るく浮かび上がっている美しいもの。こころの中の種々の煩わしさが樹の葉が落ちるようにとれたとき、人はまた新しくなる。」
スラチャイの詩もたくさん載せてきたので、次はそれをまとめようと思っています。

それではまた!(八巻美恵)
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# by suigyu21 | 2007-08-04 18:24 | Comments(2)