水牛だより

乗るならバスに

自宅のあるマンションの玄関を出ると、そこはバス停である。だから暑い日寒い日雨の降る日ならとくに、出かけるときには地下鉄ではなくバスに乗る。始発からふたつめの停留場なので、バスといえどもほぼ時刻通りに来るから、1分まえに家を出ても間に合しうし必ずすわれる。便利かつ快適だ。バスが少し走った先に、不動産屋のドアのところでいつもごろりと気持ちよさそうに寝ている老犬がいるのでチェックをかかさない。寝ていると安心するのはなぜなのだろうか。隣りの交番のおまわりさんや道行くひとびともちょっと腰をかがめてその犬を見ているのが見える。人気者なのね。

渋谷から帰宅するときも最近はほぼバスだ。好きな座席は運転手の後と最後尾のひとつ手前の席だが、夏の午後は夕方に近くなるほど西陽の直射を避ける席をめざす。そんなある真夏の午後のこと、発車間近のバスに乗ると、後のほうの席はほぼ埋まっていた。それで、入り口のところの一人がけの座席によじのぼった。バスは西に向かって走るので、もっとも西陽の直射を受ける座席だけど、しかたがない。

3つめのバス停で男性がひとり乗ってきた。定期券をかざしてから、じっと私のすわっている座席を見たまま動こうとしない。空いている座席はたくさんあるのになあ。「ここにすわりたいの?」と訊いてみると、「うん」と言う。「じゃあ、どうぞ」と自分の尻を窓側にずらして小さな彼がすわれそうなあきを作ったら、躊躇なくすっとこしかけたので、私も運転手も笑った。前の窓から外を見ていた彼はやがてすっくと立ち上がって、前のドアのあたりに身を乗り出してバスの内部をくまなく観察している。「アブナイからダメだよ」と運転手によっては言うだろうが、このときの運転手は彼の動きを注意して見てはいるが、なにも言わずに好きなようにさせている。きっとその子の気持ちがわかるのだな。先に降りた彼とはちいさく手を降って別れた。

電車では起きない愉快なことがバスでは起こる。ほんとです。


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# by suigyu21 | 2017-09-01 21:13 | Comments(0)

川にある駅

駅の改札口をとおってから、プラットフォームで電車を待つ短い時間が好き。とはいえ、そのプラットフォームは新宿や渋谷のような大きな駅あるいは地下の駅ではなく、もっとローカルな地上にある駅でないと、好き、とはいえない。

二子玉川駅のプラットフォームはもっとも好きかもしれない。ここのプラットフォームの下り側つまり西側の端は多摩川の上にある。そこに立つと、どっしりと流れる川の上にいて、さらにその上には空がひろがっている。東京の常として両岸に高い建物はあるけれど、都心ではないから、高さはそれほどでもなく、川の広さのほうが勝っている。

プラットフォームは川の上にあるから川上も川下も見渡せる。ここは世田谷区だが川を渡れば川崎市だ。南にあたる川下はあまり特徴がない。武蔵小杉の高層ビル郡が見える。そこにいれば、新幹線も走りぬけていくので驚いたりもするけれど、ここから見ているとなんだかちまちまとしていて貧乏くさい。天気の悪い日はぼんやりとかすんで見える。

北側の川上の風景はいつもいい。多摩川が蛇行しているし、中洲もあるし、川から離れた池のようなものもある。釣り人がいたり、白鷺がいたりする。散歩している人も多い。真下に246の橋があるのだが、プラットフォームからは見えない。少し向うに自動車専用の道路があり、昼も夜も絶え間なく自動車が走っている。最近は渋滞もなく、自動車たちはいつも快適そうに走っている。そして、空気が澄んでいるときには、その向うに見えるのはおそらく秩父の山なみだ。

プラットフォームに立つときの時刻と天候はさまざまだ。昼間もあれば夜もある。快晴、曇、雨、雪。どんなときも川上の風景はいい。晴れている昼間なら夏も冬も川の水は太陽の光を反射してきらきらと輝いている。夜の川はいろんな色と形の電光をそのまま反射しつつ、波のゆらゆらが加わって美しい。川の水の他の木々や草や石などは光を吸い取ってほぼ黒くひろがっている。黒いひろがりがあるからとりわけ光の美しさがある。

いつも見とれて、酷暑や極寒の日でなければ、乗る電車をひとつやりすごしてしまう。


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# by suigyu21 | 2017-08-02 21:17 | Comments(0)

あれから20年とは

数住岸子が死んで、20年目だという知らせが友人から届いた。
20年前の6月2日にその日の朝食を食べて、しばらくして看護師が見回りに行くと、そのときにはすでに息絶えていたということだった。担当の医師が必死に心臓マッサージをしたのちに、臨終です、という前に病室には行ったけれど、そのときの岸子はもう私の知っている岸子ではなく、体だけが静かに横たわっている、なきがらでしかなかった。

末期の肺がんがみつかったのが前の年のおしまいごろで、余命3か月と言われたが、余命宣告の倍くらいは生き延びた。それでもたったの半年だった。これといった治療法が当時はまだなく、ただ本人の持つ力だけに頼る日々だったのだが、岸子はまったく病人らしくない病人だったと思う。入院していても寝間着を着ていることはなかったし、私が病室を訪ねると、すぐに外に出て散歩したり、おいしいサンドイッチの店で食べながらしゃべったりした。

次第に苦しさがましてきたころ、死ぬまでは意識をできるだけ清明に保ちたいと、モルヒネの投与量を増やすよりは苦しいことのほうを選んだのも岸子らしい。だって、意識がなくなって、ヘンなこと言ったらいやだから、と彼女は言ったが、そういう恐れを自分でも感じていたのだろうか。言いたくないいろんなことは誰にでもあるしね。

岸子はヴァイオリンのソリストだった。こどものころから活躍してはいたようだが、プロになってから45歳で死ぬまでの録音というものがあまり残されていないのは残念だ。大柄だったから、ヴァイオリンを弾く姿は大胆で、弓を持つ右手は特に美しい。音もおなじように大胆で美しく、さらに繊細だった。ヴィオラが好きだったのも彼女らしい。

毎日さらう努力の人だったが、ソリストとしての演奏会の前にはさらにさらう人でもあった。さらう以外に意識を逸らされることを避けていた。食べるものはあらかじめ大量に作っておき、毎回おなじものを食べた。また、髪を洗わないとも言っていた。体の末端を刺激すると(シャンプーですら)弾く音に影響するの、と聞いたときにはビックリして、彼女はほんとにおなじ人間なのかしら、とギモンに思ったものだ。

彼女がいなくなってから20年たったとはどういうことなのか、よくわからない。自分の誕生日は覚えているが、人の誕生日や、命日や、なにかの記念日など、ぜんぜん覚えられない。何か難ありなのかと思ったりはするけれど、たとえば、岸子と知り合って、愉快は日々がたくさんあり、そして年下の岸子が私より先に死んだのだ、ということは覚えているから、それでいいやと思う。ね、岸子。


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# by suigyu21 | 2017-06-04 20:34 | Comments(0)

この春の満喫をメモしておこう

ほら、庭に出たふきのとうよ、と友人がくれたのが二月の終わりで、その日が春のはじまりだった。背骨がのびるような苦い春。三月に届いた小泉循環農場の野菜の箱のなかの一番上にはふきのとうがのっていて、背骨はさらにのびた。

四月には小豆島の友人から、好物の菜の花が届いた。彼女の飼っているヤギや、知り合いの豚も食べ飽きるほど食べてもまだまだたくさんあるからということだった。どうやら動物にとっては毒も含まれているらしい菜の花は、写真を見ると温室のなかでほぼ満開状態だったけれど、花開く前の枝を選んで刈ってくれた新鮮なものは炒めても茹でても苦くて甘い。また背骨がのびる。

そして、たけのこ。たけのこが出る庭を所有している友人がふたりもいる。だから食べるのは彼女たちからもらうたけのだけだ。集中して食べるので、一年にこのときだけで足りる。

それから「農家さんの野菜」でそらまめや春キャベツ、緑色の濃いうど、細いアスパラなどを調達しているうちに、明日は五月だ。きょうはことしの春の最後の日かもしれない。さあ、カレンダーをめくらなくては。


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# by suigyu21 | 2017-04-30 20:54 | Comments(0)

片隅でその日を暮らす

近くのスーパー・マーケットで取り扱っている「農家さんの野菜」が一気に春めいてきた。アブラナ科の葉っぱがどれもおいしい。山形産の小ぶりな小松菜を見ると、つい買ってしまう。彼の地はまだ冬だから、小松菜もまだ旬なのだろう、柔らかくて繊細なおいしさ。食べているうちに体が青くなっていくような気がする。「農家さんの野菜」はどこの誰が育てているのかわかる仕組みで、いろんな野菜があるのがすばらしい。農家さんの規模もいろいろみたいだ。野菜を見ると、大量生産の規格からははずれているような気がするが、私のようにそれを好む消費者はいるのだった。

だからこのごろはまずこの小さな「農家さんの野菜」のコーナーをくまなく見て、その日おいしそうな野菜を買うようになった。それからどう調理するかを考える。先に献立を決めることはほとんどなくなった。東京の片隅におけるその日暮らしはこの程度のことではあるけれど、とりあえずは今日というその日がある。


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# by suigyu21 | 2017-02-27 21:40 | Comments(0)

子供の病気

年末に風邪をひき、それから中耳炎になった。耳鼻科で「中耳炎と言われたら」というパンフレットをくれた。見ると、好発年齢は6ヶ月から6歳となっている。子供の病気なのでした。しかし大人もたまにはなる。事実私の片方の耳はまだつまった感じだし、インターネットで調べてみると、治療法はあってなきがごとくで、いつ治るのかわからない。治るかどうかもわからないらしい。治らないと聴力が落ちたままになるらしい。ちょっとした不調でもそれは全身に影響を及ぼす。お正月のお酒は飲んでもだいじょうぶと医者は言ったが、なんとなく及び腰になっている。健康というものはあやういバランスの上に成り立っていることをつくづく思い知った年越しだった。

「Like a Water Buffalo(水牛のように)」というCDのことを下に書いたが、それよりももっと前の、カセットテープが主流のころのことを思い出した。水牛で『フジムラ・ストア』というカセットテープを出そうという話になって、しかし資金が足りない。そこでいつも水牛を支援してくれる周囲の人たち20人に声をかけた。ひとり一万円を出資してもらい、カセットテープが売れたら(いつと特定はできないけれど)出資金は返す。カセットテープを進呈して、それが利子がわり。ということで、無事に出資金が集まり、作ったカセットテープを売って、出資金は無事にみなさんに返却した。
最近はクラウド・ファンディングが盛況で、おもしろそうな試みには自分でも出資したこともある。出資金は戻ってこない。納得して協力しているのだから、それはそれでいいのだが、水牛は資金をもらってしまうことまでは考えなかった。どうしてだろう。出資してくれた人たちが知り合いだからという理由だけではないような気がする。


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# by suigyu21 | 2017-01-01 16:10 | Comments(0)

10年たって

「Like a Water Buffalo(水牛のように)」というCDを水牛レーベルで出したのは2005年4月のことだった。プロデュースは御喜美江+水牛。ネットで販売するための紹介にはこんなふうに書いた。

高橋悠治作曲のアコーディオン・ソロ「Like a Water Buffalo」
この曲のもとになった詩と歌ではじまり、4人のソリストが母国語で詩を朗読し、演奏します。
・フリードリヒ・リップス(ロシア)
・エルスベート・モーサー(スイス)
・マッティ・ランタネン(フィンランド)
・御喜美江(日本)

それぞれ全く異なった風土と文化の中で育った4人
それぞれ異なったシステムのアコーディオンを演奏する4人
全く違った言葉を母国語とする4人
レパートリーも演奏スタイルも頗る違う4人
「Like a Water Buffalo」の種をその地に蒔き、水をやり、日を照らし、育ててきた4人

Song for 'Water-buffalo'----the original poem and song
01 Poem read by Wendy Poussard
02 Song played by Suigyu (Water Buffalo) Band

Like a Water Buffalo----for accordion solo
■ Friedrich Lips
03 Poem in Russian
04 Bayan solo
■ Mie Miki
05 Poem in Japanese
06 Accordion solo
■ Elsbeth Moser
07 Poem in German
08 Bayan solo
■ Matti Rantanen
09 Poem in Finnish
10 Accordion solo


たったひとつの短い曲を複数の人が演奏し、それだけでなく、演奏者による詩の朗読も収録するというアイディアは、御喜美江さんから演奏者への呼びかけがなければまず実現できなかったものだ。この曲への愛があり、アコーディオン奏者への愛があり、水牛への愛がある、そんな御喜さんが結んだひとつのかたちが一枚のCDに納められている。ブックレットも充実していて、紙のジャケットがはちきれそうなほどだ。

夏の終わりの夜、東京に戻っていた御喜さんたちと会って飲んだ。そのときにこのCDの在庫がもうないので、少し増刷(というのかな)しようかという話になった。マスターは残ってはいるはずだから、増刷はとても安く作ることができる。しかし、そんなことをしなくてもよいのではないか。演奏した四人が必要ならば、勝手にすべてをコピーして売るなりプレゼントしたりすれば、それがこのCDにとってはもっともふさわしい、ということで、御喜さんとは意見が瞬時に一致した。いわゆる、禿同、ってやつですね。

CDを作ったからといって、水牛がそのCDについてのすべてを把握していなくてもいい。その後はそれが一人歩きして、必要な人に愛されてくれればそのほうがずっといい。


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# by suigyu21 | 2016-09-13 20:00 | Comments(0)

メモを活用する

机の上の目の前にはパソコンがある。そして、仕事にかかわる作業や連絡などはすべてこのパソコンを使う。だから必要なことはすべてパソコンのなかにあるのだ。

パソコンのなかの必要事項はたいてい目の前には表示されていない。目の前にないいろんなことは忘れてしまう。そもそもそういう性格のところに加齢というファクターが加わって、忘れることは自分にとってのデフォルトでであるという認識に達している。

だから、忘れてはいけないと思うことはパソコンの脇に置いてあるメモ用紙やノートブックにメモしておく。夜寝る前にメモしておくと次の日に起きたときには覚えている。手を動かして、インプットを確実にする、ということなのだろうか。

用済みのメモは捨てる。ゴミ箱に入れる前に一応確認すると、なにかから書き写したようなメモも混じっていて、それは案外おもしろいのだ、おもしろいと思ったから書き写したのだから、二度目でもおもしろいのは当然といえば当然だけど。二度楽しんでから、すべて捨てていた。

メモが主役のような本を最近2冊読んだ。デイヴィッド・マークソン『これは小説ではない』という(タイトルに笑う)小説とジョルジュ・ペレック『考える/分類する』というエッセイ。メモという断片を編集する楽しさが浮上してくる。この2冊はおそらく目的がまずあって、そのためのメモを集めたのだろうと思うけれど、目的にとらわれないで、ただそのときに必要だったメモを集めて並べてみようか、と思いつく。

そのためにはメモを捨ててはいけないわけだ。とりあえず、ゴミ箱でなく空き箱にでも投げ入れておく。そして、半年くらいたったら、それを床にならべてみよう。そこから何か思いつくかもしれないし、まったくダメだったら箱ごと捨てればいいのだし。
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# by suigyu21 | 2016-07-29 20:54 | Comments(0)

黄色の夏

リモンチェッロというイタリアの食後酒を知ったのはそう遠い昔のことではない。レモンの香る甘くて強いお酒は消化を助けるといい、ちいさなグラスでくいっと飲む。冷凍庫に入れておくと、アルコール度数が高いので、凍って固体になることはないが、とろりとしてとてもおいしい。もともとはイタリアの南のほうの大きなレモンを使って、家庭でつくられていたもののようだ。

つくりかたも調べて知ってはいたが、強い醸造用アルコールを使うのでそれをどこで調達すればいいのかわからなかったし、レモンの皮だけ使うから、皮をむいた後の白いワタに包まれたぶよぶよのレモンが残り、それの始末もどうすればいいのかと迷って、なかなか実行に踏みきれなかった。

ところがここに、醸造用アルコールではなく、ジンを使い、レモンの皮だけでなく、実もあまさず使うというレシピを知った。そのレシピを読んでいるだけで、おいしいに違いないことがわかる。ジンとレモンと氷砂糖だけあれば出来る。自然食品のお店も近所にあることだし、材料はそろった。次の日に仕込むつもりだったが、待ちきれず、夜のうちに作業開始。この場合、とにかくレモンの皮と実のあいだにあるワタを取ってしまえさえすれば「雑味」がないということのようだ。

皮をうすくむいてジンにいれると、みるみるうちにジンは黄色く色づいてくる。もっと強いアルコールだと、皮は白くなるまでその黄色い成分が溶け出すようだが、ジンはそこまではいかない。そこに氷砂糖と混ぜた果肉を入れて、じっと待っている。ちょっと味見をしたが、うん、おいしい。時間がもっとおいしくしてくれるのかもしれないが、香りが立つうちに飲んでしまおう。

3リットルのガラス瓶の3分の1ほどに黄色い液体が入っているのを見るのが楽しい。一日一度、瓶を振って撹拌する。
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# by suigyu21 | 2016-06-15 22:18 | Comments(0)

みかんの花咲くまがり角

深夜だった。駅から自宅への帰り道で、最後の角をまがると、みかんの花のつぼみが無数に見える。家の隅に好き勝手に伸びているたった一本のみかんの木だが、去年ある程度の剪定をされて、スカスカになっていた。でもだいじょうぶ、というのか、もっとすごいといったらいいのか、ほんとうに無数のつぼみだ。いまにも開きそうな一枝を記念に失敬して、作業用の机の上に置いておくと、乾燥してからでもいいにおいが残っている。ネロリという精油を知っていれば、ああ、あの香り、です。花を鼻先に持っていって香りを味わえば、心も体も一瞬ではあれ、すっきりして、この世界をそのままに受けいれてしまう。

体の老化が安定したのか、いまはどこといって特に調子の悪いところがない。睡眠さえ足りていれば仕事も出来るし、遊ぶのも楽しい。なにもしないでぼんやりしているのは最高だ。以前ひどい五十肩になった。ずばり五十代のときのこと。そのときにあれこれ聞いたり読んだりしたなかで、もっとも説得されたのは、体のどこもかしこも等しく老化が進むわけではないということだった。体のそこかしこの老化の進み具合の軋みが五十肩となってあらわれる。痛いのも動かないのも、老化が安定するにしたがって知らぬ間に治っていく。不安定と安定を繰り返していくのだと考えれば気楽になろうというものです。
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# by suigyu21 | 2016-04-29 20:50 | Comments(1)