水牛だより

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ことしも夏がきた

甥っ子がついに南の島に旅立った。大学を卒業するときに、すぐには就職しないで世界を見てみたい、と言ったヤツだが、なかなかどこへも行かないので、結局は行かないのかなとも思っていたので、一週間で戻ってきてもいいんだから、行ってみればいいよ、と言っていた。島で働くところも見つけたらしく、しばらくは居つくらしい。よかったね。

いつも持ち歩いているかばんの底から、2015年4月11日14時開演、京都フィルハーモニー室内合奏団第198回定期公演のチケットの半券が出てきた。青木昌彦さんとこの世で会った最後の日になってしまったコンサートのチケットなので、なんとなく捨てられないまま、無造作にデスクの上に置いてある。コンサート後にいっしょにワインを飲んだ。いつものように上機嫌な昌彦さんだったなあ。秋にはまた帰ってくるから、そのときには喜寿のお祝いをしようね、と約束したのだった。会うときには飲んで食べる。

亡くなった知らせを聞いてから、喪失感がどんどん深まっていく。いなくなってしまった人との関係と、ともに生きているときの関係とは、かならずしもおなじではない。そしてそれはその人がいなくならないとわからないことなんだな。
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by suigyu21 | 2015-07-28 20:00 | Comments(0)

入口に立っている

きょう、7月1日は、「片岡義男 全著作電子化計画 スタート!」の日だ。ほんのアイディアだけのところからこの企画にかかわり、実現に向けて編集を担当してきたので、無事にスタートできて、うれしい。

去年の春から、おなじくボイジャーの編集要員として池澤夏樹の著作の電子化にかかわってもきた。一冊目の『クジラが見る夢』は映像や音声も含んでいたので、そういうものに強い人が担当した。私は二冊目の『静かな大地』からだったのだが、のっけからぶ厚い一冊だったし、電子化のための仕組みも新しいものだったから、自分なりにキンチョーした。でも、最初にこうした重厚な作品を与えられると、そのあとはずっと楽に作業ができるようになる。段階というのは踏まないほうがいいのかもしれない、たとえ、途中で失敗したとしても。

すでに出版されている池澤さんの作品を一冊ずつ忠実に電子化するのが基本だったが、比較的最初のころに、短篇集に収録されている短篇を、一作品ずつ独立させてみることになった。書籍という容れ物の属性から解放されて、短篇小説はそのものの世界で完結する。そこがデジタルの新しさだと感じた。このときに、片岡さんがたくさん書いてきた短篇をずらりと並べてみたいと考えはじめた。

それからいくつかのきっかけがかさなって、ついに現実することになった。最初は短編小説を、と思ったが、『友よ、また逢おう』を読んでみると、これは長い作品だけれども、長いからといって長編であり、短篇ではない、とは安易にいえないのだった。それで、小説をすべて、ということに路線を変更した。せざるを得なかったというべきかもしれない。

どこから始めるか、片岡さんは明確に言った。小説家としてのデビュー作は「野性時代」の創刊号に掲載された「白い波の荒野へ」です。そこからスタートしましょう、と。そして、作品は書いた順にフラットに並べたい、と。期日もせまり、第一期の100タイトルは決めたけれど、スタートからそれはいわば途上にある。書いた順、というのが判明できていないものがすでにあるし、抜け落ちている作品もあるだろうから。それでもアーカイヴを構築する入口が出来たのはよかった。

短篇をばらすというアイディアは片岡さんにもあった。一作品ずつ、紙に印刷されているものを、読者が選ぶ。それをくるくると巻いて、色のついた輪ゴムでとめて「はい、どうぞ」と手渡すというイメージだったと思う。

そのようなわけで、このところ池澤+片岡の小説ばかりを読む日々だ。この二人、ほんとうはそれが主人公なのではと思うほど、自然をたんねんに描写する。そして偶然にシンクロするところに出会う。霧が深くなった凍結した湖の上でスケートをしているうちに転倒し、方向がわからなくなる。月のない暗闇のなかを、宿泊するところに向かってはじめての道を行きつつ惑う。一方は白い闇、一方は黒い闇。読んでいるうちに軽い酩酊感におそわれて。。。


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by suigyu21 | 2015-07-01 11:36 | Comments(0)