水牛だより

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シネパトスと銀座化粧

成瀬巳喜男『銀座化粧』(1951年公開)を閉館間近のシネパトスで観た。
金曜日の午後の古い映画館は、閉館までのカウントダウンが始まっているかのような雰囲気で、写真を撮っている人がまたたくさんいた。館内は満席までとはいかず、でもちょっと特別な賑わいがあった。観客の年齢層は高く、若い人はふたりくらいしかいない。建物の古びた感じとあわせて、老人だけの町とはこんな感じなのかなあと思う。悪くはない。

去年、必要と興味にかられて、DVDになっている成瀬巳喜男の映画をほとんど観た。その興味を植えつけてくれた人が今回の上映についても教えてくれたので、一度は映画館で観てみようと思っていた。すると、どうだ、前売り券をあげる、という人があらわれたではないか。「観るように」という成瀬監督からの指令だと思ったとしても許されるだろう。

映画館で観る『銀座化粧』はよかった。映画は映画館で観るように出来ているのだとも思った。ストーリーも台詞もくっきりとする。田中絹代が田舎から出てきた「坊や」と呼ばれている青年に銀座を案内する場面がある。いまはない銀座のそこかしこの風景。三原橋が埋め立ての途中らしいところも一瞬映って、いまそこにある映画館の座席にすわっている観客からはどよめきが。。。最後の上映作品にはこんな場面が隠されていたのだった。

70分ほどの上映が終わっても席を立つひとはわずかだ。入れ替え制ではないらしい。みんな夜までここにいるのかな。ひとり映画館を出て階段を上がって外に出てから振り返って見る。いま上がって来た階段は映画のなかに見た階段そのままなのだと。
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by suigyu21 | 2013-03-30 13:26 | Comments(0)

しごとについて

自分で編集をした『ジット・プミサク+中屋幸吉 詩選』が出版されたあとになって、わかった!ということもあり、気になってくることもある。

編集者として仕事をしているのだが、一方で、そのことにどんな意味があるのか、なかなかわからないままだ。いてもいなくてもいいが、いないほうが少しだけいいかもしれない存在、それが編集者ではないのか、という自分自身の感触は、仕事の場ではそんなに間違ってはいないと思う。

『ジット・プミサク+中屋幸吉 詩選』ではふたりの詩人についてのイントロダクションを書くという、最初から決まっている難関があった。書くことは苦手。苦手というよりは、書きたいことがない、といったほうが正確かもしれない。ジットの詩も中屋幸吉の詩も、味わえばそれでいいと思ってしまう。それを見知らぬ人たちに向かってどのように語るのか。困った。

この本のほんとうの編集者はサウダージ・ブックスの淺野卓夫さんであり、彼によって編集者というのは必要な存在だということがよくわかった。出版を前提にしてこちらが書く気になるまで待ってくれた。書いたものを一字一句たりとも直さなかった。売れるということに特にフォーカスしない姿勢は私と共通していておもしろいけれど、ほんとに売れないのはあまりいいとはいえない。でも今すぐ売れないからといって、がっかりせず、気長に考えよう。

本が出来てから、ハワイのことをさらにあれこれ思い出して、沖縄との関係が気になってきた。その道に分け入ってみようと思い、沖縄からハワイに移民した一世の聞き書きを読む。日々の労働がきびしいことはわかっている。でも、年を取ってからの人の語り口にはどこかのんきなところがある。きびしい労働はこのように表現される。「朝もハナハナ、夜もハナハナさ」。ハナはハワイ語で「働く、作業する」という意味だから、それを二つつなげるのはもっともっと働いているのだと思う。「ハナハナ」という言葉を選んだことにはきっと意味がある。ハナハナと言うと、その音感でちょっと脱力できるし、きびしさを相対的にできるのではないかな。
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by suigyu21 | 2013-03-16 23:32 | Comments(0)