水牛だより

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あしたを書く

ナッちゃんの日記帳を見た。高橋書店発行の日記帳にはページ毎にいろんなものが貼りつけてあり、その余白に日々のメモなどが書いてあるらしい。書いてあることを読むまではしなかったので、あくまでも「らしい」なのだ。日記帳はまっさらなときの二倍から三倍の厚さにふくらんでいる。その日に貼ったものを見れば、必要なメモにたどりつくという記憶装置をかねているところがおもしろいと思った。文字でなく、貼ったものが索引の役目をしている。

日記帳には興味をひかれて、何年かに一度は「今年こそ」と思って買ってみるが、続いたためしがない。終わってしまったきょうを書くことに興味が持てないし、意味もあまり見出せないのだと思う。ひとが書いた日記はおもしろいのになあ。

こまごまとした用事などがかさなると、その日にしなければならないいくつかを忘れることがある。次の日でも間に合うが、その次の日に、きのうやっておけばよかったなと思うようなこと。だから忘れてはならないことは前の晩に箇条書きにするようになった。あす買うものなどもついでにメモしておく。自分の記憶力にはぜんぜん自信が持てないが、書くと記憶に残っていたりする。

そこで思いついたのは、日記にはあすを書くということだ。前の日に、明日の予定とやるべきことを書いておく。これなら必要性があるから続くかもしれない。ということで、ナッちゃんの真似をして、高橋書店の文庫版の日記帳を買った。2012年1月1日始まりだから、今年の大晦日に書き始める。それまではこれまでと同じように、そのへんにある手帳かメモ用紙を使っておこう。
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by suigyu21 | 2011-10-22 23:35 | Comments(0)

きょうがすべて

「屋上」の連載二回目を書き終えてちいさくため息をつく。亀について。

十月というたそがれの国は、ここ東京では木犀の香りにつつまれて始まる。ことし始めてその匂いをかいだのは二日くらい前のことだった。きょうは図書館に行ったついでに、その香りに導かれるままに少し歩いた。花の命は短いが、まだ散っているものはほとんどなく、いわば盛りで、木によってこれからのものも、真っ盛りのものもそれぞれ。たくさんあるからあたり一面木犀の香りにつつまれている。庭木として植えられている木は剪定がきちんとされているが、そのせいなのか花の数が少ない。一方、学校の際にある木はもう少し自然のかたちを残して、花があふれるほどにについていて見とれた。毎日のように歩く道だけれど、木犀の木や葉は地味なので、花のない時期はほとんど存在も忘れて素通りしている。それこそが在り方なのかもしれないと花を見ながら考えた。

明日は雨の予報だから、その雨でちいさな花はきっと一斉に散るだろう。チャンスとばかり満開の花を写真に撮ったのだが、う〜む、パソコンに繋ぐケーブルが行方不明でお見せすることが出来ませぬ。木犀の木のある道の反対側には、これも見事に大きな芙蓉の木があって、白から濃いピンクまでの花をたくさん咲かせていた。もちろん撮影したのですが。。。
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by suigyu21 | 2011-10-04 20:04 | Comments(0)