水牛だより

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むしろ不親切

片岡義男さんの『階段を駆け上がる』が出版されたのは夏がはじまったころだから、もう二ヶ月近く前になる。毎日新聞に掲載された堀江敏幸さんの書評には「あとがき」のことが指摘されている。

「小説集にあとがきが付されていることじたいすでに稀(まれ)なのだが、書き手自身が発想の源を明かし、冷静沈着に読み筋を提示するのは、さらにめずらしい。読み手の自由を奪い、読書空間を凝り固まらせるのは、むしろ不親切な仕打ちだとも言える。しかし、核となる要素を出発点として、登場人物の名前、容貌(ようぼう)、職業、年齢をひとつずつ設定し、彼らの人生の一瞬一瞬をパズルのように組み合わせ交錯させる方法の開示が、そのまま一篇の物語になっているとしたら、それはやはり、批評と呼ばれる形式に近づくだろう。」

編集を担当するときにはいつも「あとがき」を書くようにお願いしてきたので、この書評はとてもうれしい。『階段を駆け上がる』のときは、あとがきのために、と特定して、コーヒーを飲みながら片岡さんとおしゃべりをした。片岡さんのあとがきはある程度長いほうがおもしろい。考えの細部に入り込むところが出てくるからだろうか。

小説を書くにはきっかけが必要であり、きっかけとは編集者からの依頼や締め切りである、と片岡さんは言う。なぜ小説集にあとがきを書くのですか、と問えば、書けと言われたからです、という答えがきっと返ってくるだろう。ひとつの理論だからすっきりとしてはいるけれど、はてな。

『階段を駆け上がる』の発売を記念して、片岡さんのトークが二つ予定されている。どちらも申し込みが必要です。
ひとつはスイッチパブリッシングのカフェRainy Dayで。お相手は新井敏記さん。
9月4日(土)18:00〜 詳細
もうひとつは東京堂書店で。お相手は鴻巣友季子さん。
9月11日(土)15時〜17時 詳細
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by suigyu21 | 2010-08-28 11:45 | Comments(0)

太陽は沈んで

透きとおっているかのような月がかかっている。
花火の音が大きく聞こえて、ときどきはガラス戸に抵抗も感じるほどなのに、花火はまったく見えないな。

『うつろ舟』(ブラジル日本人作家・松井太郎小説選)が松籟社から発売になった。ちゃんと「本」になってとてもうれしい。

細川周平さんに松井太郎さんの私家版を見せてもらったのは去年の春の京都だった。一編ずつコピーされたものがホチキスで綴じられて表紙が糊付されている。それを何冊か束ねたものが箱に入っていたと記憶している。松井さんが自分で作った本は、それだけで充足している気配を色濃くただよわせつつも、もっと遠くへ行きたそうなところもあった。著者の松井太郎さんはそのときすでに90歳をこえておられるということだった。若いころに一家でブラジルにわたり、小説は歳をとってから書き始めたのだそうだ。

その後、時を経ずに製本のワークショップがあった。いつも参加してくれているサウダージ・ブックスの淺野卓夫さんにそのことを話したら、その私家版はぼくも持っています、そして熱狂的に読みました、と言う。そうたくさんは作ることができないだろう私家版を持っている人がブラジルから遠く離れた私のそばに二人もいるなんて、これは何かの縁というものでしょう。

岡村淳さんのサイトではすでに二つの作品が公開されていた、まるで当然のように。

だから日本で本になって、よかったな、とつくづく思う。本にならないのなら、青空文庫でなんとかして登録しようと、ぼんやり考えてもいたのだった。
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by suigyu21 | 2010-08-21 19:58 | Comments(0)