水牛だより

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明日はどんな日

しばらく前から、一枚のカードをいつも見えるところに置いている。机の上はゴタゴタなので、飾っている、とはとうてい言えない。あくまで置いている、という状態なのがちょっと難点だなあ。

二つ折りで縦横とも15センチの正方形のカードの、表の右3分の2はセピア色の写真になっている。「超」をつけるのがふさわしい高齢のおばあさんがふたり、しわだらけのまじめな表情でカメラを見つめている写真だ。ウクライナ人の姉妹だとカードの裏にちいさく書いてある。向かって右がお姉さんだろうか、左手で杖をつき、右手を妹の腕に軽くまわしている。ふくらはぎまでの丈のワンピースにウールのジャケット。そして頭には大判のスカーフをかぶり、あごの下で結んでいる。妹のほうはやはりチェックのワンピースにスカーフ。両手で持っているレジ袋のなかには何が入っているのだろうか。お姉さんより少し太めだけど、体型はよく似ている。おっぱいの頂点らしいところがウエストの位置まで下がっているのもおんなじだ。ふたりが接しているのはお姉さんが手をかけている腕のあたりだけなのだが、それがなにげない親しさでとてもいい。

そしてカードの左の3分の1のところにはキケロのこんなテキストが印刷してある。
 A friend is, as it were, a second self.

この春、遠くに住んでいる友人がふたり、病気になった。遠いからすぐにお見舞いにいくというわけにいかないし、そもそもパスポートの期限が切れている。この写真のおばあさんたちのようにいっしょに年をとろうぜ、という願いをこめて、いつでも見えるところに置いて日に何度も眺めた。さいわい、ふたりともほぼ元気になったので、願いはかなったといっていい。超のつく高齢になって、隣にいる友だちがどこのだれだかわからなくなったとしても、なにか親しい気持ちだけは残っていて、こんなふうに手を相手の腕にまわしたり、その手を受けとめたりできたら、それだけで未来は明るい。
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by suigyu21 | 2010-05-30 19:53 | Comments(0)

秘密の場所で

片岡義男さんの『文房具を買いに』の角川文庫版が出来上がって、そのお披露目と、短編小説集の打ち合わせと、関係のない話を同時進行。いつもの羊料理にトルコの白ワインとブルガリアの赤ワインで。

文庫本は写真の印刷がとりわけ美しい。元の単行本よりも美しく仕上がっているばかりか、写真に撮られた実物よりも美しく感じる。

この本はなつかしい。なぜなら、私が片岡さんに送ったカードの封筒の一部が写真に撮られて載っているから。単行本が発売された日に青山ブックセンターで立ち読みしてはじめてそのことを発見した。一冊買って青山通りを渋谷にむけて歩いていると、むこうから中年男性がつかつかと私に歩み寄ってきて言うのだ。幸運の相がお顔に出ています、もっとくわしくみせてください、と。そんなににやにやしていたのだろうか。いたのだろうな。見てもらえばよかったね、これからたいへんなことになりますよ、と言われたかもしれない、と片岡さんが笑いながら言う。

新しい短編小説集のほうは、長めのあとがきも出来上がったので、これから完全データにまとめて入稿となる。タイトルは『階段を駆け上がる』、左右社からもうすぐ出ます。
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by suigyu21 | 2010-05-18 14:41 | Comments(1)

第二木曜日

へんな気候だ。冬から一気に夏になってしまった。

連休はおわった人もいるし、まだ続いている人もいるのだろう、週のなかばのあいまいな感じの混み具合の午後の電車で、夜の約束の地へむかう。むかしこんなことを言ってある人を怒らせた、と同伴者の彼が話してくれる。言わなければよかったなと思うことはあんがい多い、とも。それは私もおんなじだ。悪意はないからか、気を許しているからか、つい口に出してしまう。すると意外なことに「ヒドい!」と言われたりして、なかなか忘れてもらえない。何十年も前のことで友だちからいまだに言われ続けていることもある。忘れてもらえないのは「それがほんとうのことだからです」と彼が言う。ほんとうのことを言うのは危険なのね。でもどのくらいアブナいか、それは言ってからでないとわからない。だから何回となくあやまちを重ね続ける。

「ヒドい!」と言われるより回数は少ないけれど、「あのときのあのひとことで助けられた」と言われることもある。そういわれていちばんびっくりするのはいつも言った当人の私だ。まったく覚えていないし。きっとそれも「ほんとうのことだからです」なのだろう。
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by suigyu21 | 2010-05-09 13:30 | Comments(0)