水牛だより

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土曜日が暮れていく

週末の昼下がりの蕎麦屋で。隣のテーブルにお父さんと5歳くらいの息子が向き合って坐っていた。お父さんはすでに鴨せいろ(とおぼしきもの)を食べ終わってるが、息子は天せいろと格闘中だ。彼のためにお店の人が用意してくれたちいさな茶碗とフォークはしっかりとテーブルの隅におしやって、割り箸で食べている。蕎麦の半分くらいを食べたところで天ぷらに移る。「しっぽのところがカリカリしてておいしい」と鱚はなんとか箸でやっつけたが、海老は手でぶらさげて食べる方針にしたようだ。彼の残した蕎麦を食べながら、「ビール飲めよ」とお父さんが言う。「ん〜、あんまりのどはかわいてないんだけど」とまず天ぷらをたいらげて、それからお父さんがグラスに注いでくれたビールをぐびぐびと飲み干した。私の隣でカレー南蛮を食べていた若くてお酒に弱そうな男の子が、驚いて箸を止めた。が、私は見たのだ、「こどもビール」というラベルを。でもね、アルコールは入ってなくてもビールだもの、あんなふうに飲んだら酔っぱらったにちがいない。つられてお銚子一本頼んじゃって、超満足のひとときでした。
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by suigyu21 | 2009-02-25 23:32 | Comments(3)

おなじことを考えている

『図書館 愛書家の楽園』(アルベルト・マングェル)を開いて読み出した。はしがきのはじめに引用されている文言に自分を言い当てられたように感じたので、記念に写しておくことにする。

「このように移ろいやすい気質(これによって成功することはまずないが)の持ち主である私は、落ち着きのないスパニエル犬が目をとめた鳥にいちいち吠えつき、狩猟の獲物をほったらかしにしてしまうのと同様、移ろう気質のままにたゆたい、不足に思うべきこと、また不足に思うのが正しいかもしれないことをほったらかしにして、まさに「どこにでもいることはどこにもいないのと同じ」という言葉のとおり……これまでたくさんの書物を読破してきたというのに、順序だった読み方をしなかったせいで、たいした効果もあげられず、書庫にあるさまざまな人の著書を手当たりしだいに読みながら、要領、秩序、記憶力、判断力に欠けているせいで、ほとんど利益を得ていないのだ。」
ロバート・バートン『憂鬱症の解剖』
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by suigyu21 | 2009-02-18 00:00 | Comments(0)

新しい鉛筆を削ってみる

片岡義男さんがわたしの担当のエッセイ集の前に、二冊目の文房具の本を出すことになったので、何度かそのための買い物にもお伴し、撮影済みの文房具をいただいたりしている。成りゆきでこうなっているだけで、本の内容についてはなにも知らないし知らないままがいい。何がどう撮影されているのか、何をどう論じているのか、本になったのを読むほうが楽しい。

片岡さんご自慢の鉛筆を削る道具の話がおもしろく、いくつも持っているというので、ひと組だけくださいと要求した。スイス製のおりたたみナイフは削るためのもので、7センチと半分の3・5センチの二枚の刃がついている。ちいさいほうがよく切れる。そして削った破片をいれるためのガラスの小さな保存容器。おなじガラスのふたもちゃんとついている。

ふたつとも文房具としてつくられたものではないけれど、組み合わせて鉛筆を削ってみると、とても快適だ。削った破片はくるりと丸まって気持ちよさそうにガラス容器の底におさまっているから、すぐには捨てないでためておく。2Bの鉛筆だけは自分で持っていたものだ。新しい鉛筆をナイフで削ったのはいったい何年ぶりだろうか。目の前の仕事を始めるために鉛筆を削るのは、ちいさな儀式のようなシンとした時間。筆記用具は鉛筆に帰ろうかな。
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by suigyu21 | 2009-02-11 22:25 | Comments(0)

現在とはいつのことですか

曇り空のもと、洗濯物をほす。気温はさほど低くはないのになんて寒いんだ。と思っていたら、途中でさあっと陽がさしてきた。とたんに肩のあたりから暖かさにつつまれていく。こんなとき、思い出す百田宗治の「何もない庭」。

  日がかげれば
  何もない庭はさびしい
  日さへ照っていれば
  万朶(ばんだ)の花の咲きにほふ心地がする
                                                  
 中学生のころ教科書でおぼえて、忘れていないから、現在進行形といえる。はじめて知った「万朶の花」ということばそのものがなぜだか刺激的だった。さらに、こういう庭が自分の家だけでなくそこここにたくさんあって、今のように高い塀で目隠しされていなかったから、いろんな時間のいろんな空模様の下の庭を見ていれば、イメージは必要以上にひろがるのだった。今の家の殺風景なベランダだって、「日さへ照っていれば/万朶の花の咲きにほふ心地がする」のです。
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by suigyu21 | 2009-02-05 17:17 | Comments(1)