水牛だより

2017年 12月 07日 ( 3 )

そして、その後

引き算レシピを読んでくれた編集者から、食べ物に限定しないで、青空文庫の収録作品と関連するエッセイを書いてみないかと言われた。本を読むのは好きだけれど、とくに系統だてて読んでいるわけではないし、そうたくさん読んでいるわけでもない。たんに自分がおもしろそうだと思うものだけを読んでいる。自分の好みだから言うまでもなく偏っているのだが、そういうものでさえも読み切れないほどたくさんあるのがこの世界というものだ。

そういう感じで書いたものが以下に残っている。

  手紙

  たけのこ

  略歴

  犬

  明日の天気

  歩行

  ボタン(あるいは月夜の浜辺)


一冊にまとめましょうと言われたのだったが、編集の仕事が忙しくなって、書くどころではなくなってしまった。でもこうしてかけらのようなものがネットの隙間にひっかかっているのが自分らしく思える。


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by suigyu21 | 2017-12-07 20:27 | Comments(0)

引き算レシピ12 塩をつける

食べようと手に持っただけで、すでにすっぱい。すぼまった口の中には唾液が充満してくる。梅干ではありません、夏みかんです。

十代に達するまでにまだ二、三年はあったあのころ、夏みかんが好物だった。いまなら「超」とつけたいほどの強い酸味に少しの苦さ。小皿に盛った塩をたっぷりとなすりつけて一個まるまるをひとりで食べ終わるころには、塩と酸の作用によって唇は真っ白にふくれあがり歯はギシギシになる。でも少女の想像上の麻薬の効果のように全身は爽快となる。

クエン酸プラス塩分を摂取して元気になったのね、と今の知識で説明はできるが、あの味はもう今はない。右肩上がりの経済状態と比例して甘さが好まれるようになって、夏みかんは甘夏に人気を奪われた。いま夏みかんと呼ばれているのは甘夏のことであり、昔の夏みかんとはちがう。夏みかんを愛した者にとっては甘夏はなんだか中途半端な味がする。

正式には夏橙という名を持つ夏みかんは、一七〇〇年ごろに山口県長門市の海岸に漂着した種子から広く栽培されるようになったという。文旦の血を引く自然雑種、と分類されている。いったいどこから海を渡ってやって来たのだろう。名も知らぬ遠き島より、と思いたいところだが、近いところから流れ着いたのではないだろうか。あまりロマンチティックな気持ちにはなれないのは、みかんという味からはみだすエキゾティックな要素がなかったからだ。それに四国や九州では江戸時代から文旦は栽培されていたようだし。

果物は完熟していやが上にも甘くなったものより、ちょっと手前の未熟な青い感じの味が好ましい。初めてタイを訪れたのはもう四半世紀も前のことだが、そのとき未熟のマンゴーやグアバを食べる習慣があることを知ってうれしかった。カットされて売っているまだ固い果実には必ず塩と唐辛子が入った小さなビニール袋がついていて、それをつけて食べるのだ。おいしさが複雑になって、いくらでも食べられるのが難点だった。

夏みかんになすりつけていたのは専売公社が売っていた真っ白な「食塩」だった。塩といえばそれしかなかったあのころ。一九九七年に専売法が廃止され、さらに二〇〇二年には完全自由化されて、日本や世界のいろんな土地のいろんな種類の塩が手に入るようになった。ほんの微量のミネラル分がそれぞれの土地の塩の味を際立たせているのを確かめるのは楽しい。赤い粘土が混ざってオレンジ色したハワイの塩をつけた夏みかんはどんな味がするのだろうか。色のとりあわせがきれいで、いかにもおいしそうだ。

岡本かの子に「百喩経」という小品がある。その「前言」によれば、「百喩経(ひゃくゆきょう)は、仏典の比喩経のなかの愚人(仏教語のいわゆる決定性(けつじょうしょう))の喩(たと)えばかりを集めた条項からその中の幾千を摘出したものである。但し経本には本篇の小標題とその下の僅々二三行の解説のみより点載しては無い。本文は全部其処(そこ)からヒントを得た作者の創作である」。岡本かの子は仏教研究者でもあった。

十あるコントの最初は「愚人食塩喩」で、「塩で味をつけたうまい料理をよそで御馳走になった愚人がうちへ帰って塩ばかりなめて見たらまずかった」という解説の後に展開するのは、なんにも味のない気になる若い男に「すこし塩をつけて喰べてみ」たらどうなったか、というおはなし。当然、未熟の果物のようにおいしいだけですむはずはないのでした。おとなしい男にはすこしの塩でも利きすぎることを忘れてはいけない。


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by suigyu21 | 2017-12-07 18:10 | Comments(0)

引き算レシピ11 かつおの皮

ある初夏に友人が作る彼の母親直伝のかつおのたたきをごちそうになったことがある。かつおの刺身を大きな皿の真ん中に並べて、その上から、きうり、ねぎ、しょうが、にんにく、みょうが、しそ、などを細切りにした青い薬味を山ほどかけて、最後にしゃもじでその山を叩いて形を整えたら、摘みたての木の芽をのせる。それが彼の家の「たたき」の流儀だという。青くきれいな薬味の山の上からポン酢をかけて、食べる。青い味がかつおとなじんでさっぱりとおいしかった。

かつおのたたき、というと、皮ごと藁で焼いたものをまず思い浮かべる。魚介類の表面にちょっと火を通すと旨みが増すのは知っているが、かつおの場合は皮が特に重要な気がする。

「かつおは皮がおいしい」と宣言しているのは東京・田園調布でパテ屋という惣菜屋を営む林のり子さんだ。かつおを刺身にするとき、皮は捨てられる。捨てられる運命の皮を魚屋に予約して取っておいてもらう。それを焼いて、青い薬味をたっぷりかけたもの、つまりかつおの皮のたたきがおいしいというのだ。香ばしさと歯ざわりが想像のなかで跳ね上がる。

鹿児島の枕崎港では遠洋漁業でとられたかつおが水揚げされて、鰹節に加工される。大量に残った皮は塩蔵にする。多めの塩をふり、一晩漬け込んで次の日にさっと水で洗い、その後むしろの上で乾燥させる。焼いたりゆでたりしてさつまいもといっしょに食べるのだそうだ。脂がのっていておいしいらしい。無駄なく食べる、土地の伝統食ともいうべきもの、一度は味わってみたい。

かつおはつねに群れとなって暖かい海を回遊している。黒潮にのって初夏に北上するのが初がつおで、秋に南下してくるのが戻りがつお。群れの移動は速い。時速は約三十キロという研究結果があるようだ。群れでこの速度だから、襲われたりして、一匹で必死に逃げるときにはその十倍くらいの速度が出るという。自転車と新幹線くらいの違いがある。

かつおの体型をあじやさばと比べるてみると、あきらかにお腹まわりが太い。完全にちかい紡錘型なのだ。これはもちろん速さに関係している要因だ。さらに。魚にはあるまじきことに、かつおの皮膚にはほとんどウロコがない。体を保護するためのウロコを退化させることで水に対する抵抗を弱めて速く泳ぐ。

何のためにそんなにも速く回遊しなければならないのか理解できないが、ウロコをなくすというかつお自身の引き算によって、皮は食べやすいのだとわかってきた。捨てられた皮にウロコがついていたら、食べるところまで到達できそうもない。

江戸に生まれた初もの好きな文化は「目には青葉山時鳥(ほととぎす)初松魚(かつお)」(山口素堂)と詠まれたが、江戸っ子の長谷川時雨に批判されていることも覚えておかなければいけません。

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利鞘をとつて衣食し、肥る商人を賤しめたのを、江戸の市井でうまれた「川柳」が、初鰹でもつてよく語つてゐる。
  初鰹女の料(れう)る魚でなし
  初鰹旦那ははねがもげてから
  初鰹煮て喰ふ氣では値がならず
  初鰹得心づくでなやむなり
  初鰹値をきいて買ふ物でなし
「はねがもげてから」は飛ぶやうに賣れる勢のいいうち買はないといふことであり、「煮て喰ふ氣」はさしみにする品は高いからであり、「得心づくでなやむ」のは安かれ惡かれ、中毒(あた)るのを承知で買つた、といふ皮肉で、平日貧乏人と見下される側から、旦那側の、金持ち吝嗇をあざけつたものだ。
(長谷川時雨「初かつを」)

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by suigyu21 | 2017-12-07 18:09 | Comments(0)