水牛だより

2017年 11月 29日 ( 2 )

引き算レシピ6 青菜

春は菜の花の仲間の青菜を毎日のように食べる。かき菜からはじまって菜の花はもちろん、アスパラ菜など、そのほろ苦さを五月くらいまで楽しめる。茹でるか油で炒めるか。

茹でたときは醤油に黒酢を少しまぜて、かける。炒めるときは、ぜひ上質のオリーブオイルで。薹のほうから先に入れて、できるだけ水分を出さないように炒めていく。ぜんたいにじゅうぶんオイルがまわって柔らかくなったら、酒をジュッと入れ、最後に醤油をかけまわして出来上がり。このやりかたは辰巳芳子さんがずいぶん前に新聞に書いていたものだと記憶している。オリジナルはこうして炒めた青菜をごはんの上に乗せる青菜丼だったかもしれないが、私が炒める青菜の量はごはんの上には乗り切れないほど多い。毎日食べてもまったく飽きない、不思議な春よ。小松菜のような青菜を炒めるときにはニンニクを入れたりするが、春の薹立ち菜は足し算をこばむ。

「智恵子は東京には空がないといふ」(高村光太郎「智恵子抄」)が、土がない。それでも、線路脇の土手などにはいろんな草が萌え出ている。菜の花だってよく見かける。あれを摘んで食べてみたら、栽培されているものよりずっと苦いのだろうか。

よもぎを摘んで持って帰ると、まだ元気だった祖母はすぐによもぎ団子にしてくれた。砂糖と混ぜたきな粉をたっぷりかけて食べる。こどもの摘み草はこんなところ止まりで、土筆はかたちがおもしろくて摘んではみても、食べることにまで興味はおよばなかった。

幸田露伴の「野道」はおとなの楽しみ色の強い摘み草のお話。洒々落々たる三人の先輩につれられて、「瓢酒野蔬で春郊漫歩の半日を楽もう」という趣向。それぞれ少しの酒と、杉の片木に味噌を塗って焼いたものを持ち、田舎道を歩いていく。江戸川の西の土手の上がり端に着くと、それぞれの酒を一杯。

そのうち先輩たちはひとりずつ野蔬をとってくる。まずは「春の日に光る白い小さい球根を五つ六つ……球は野蒜であった。焼き味噌の塩味香気と合したその辛味臭気は酒を下すにちょっとおもしろいおかしみがあった。」

次に「もっさりした小さな草……自分はいきなり味噌をつけて喫べたが、微しく甘いが褒められないものだった。何です、これは、……薺さ、ペンペン草も君はご存知ないのかエ」そして「百姓家の背戸の雑樹籬……には蔓草が埒無く纏いついていて、それに黄色い花がたくさん咲きかけていた。その花や莟をチョイチョイ摘取って、……花は唇形で、少し佳い香がある。食べると甘い、忍冬花であった。」
さて、自分の番だ。ようやく見つけた「桑のような形に裂れこみの大きい葉の出ているもの」を、「真鍮刀でその一茎を切って手にして一行のところへ戻って来ると、……それはタムシ草と云って、その葉や茎から出る汁を塗れば疥癬の虫さえ死んでしまうという毒草だそうで、食べるどころのものでは無い危いものだということであって、自分も全く驚いてしまった。こんな長閑気な仙人じみた閑遊の間にも、危険は伏在しているものかと、今更ながら呆れざるを得なかった。」

できることなら、いっしょに連れていってほしかった。くせのありそうなおじいさんたちと楽しみながら学べたら、おりこうになれたのに。


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by suigyu21 | 2017-11-29 22:03 | Comments(0)

引き算レシピ5 ひっぱりうどん

お昼にはよく納豆そばを作って食べる。ふつうに売っている乾麺を使うので季節は問わないアバウトなもの。ちょっと早めに茹で上げた冷たいそばの上にきゅうりの千切り、その上に納豆、その上にねぎ、と重ねて入れ、そばつゆをかけまわすだけのもの。卵を入れるひともいるがわたしは入れないほうが好き。

そんな納豆そばのことを山形育ちの友人に話したら、彼の地では納豆はうどんとともに食べるもので、蕎麦はちがう、と言われた。

春の山菜のころ、宮城県と山形県を分つ奥羽山脈の山のなか、山形よりにある小さな村をたずねたことがある。おばあさんにくっついて山菜をとり、保存法もおしえてもらった。ともかく採集したらその日のうちに保存のための処理をしてしまわなければならない。その鉄則のため夕暮れどきはいそがしいのだが、食べなくては処理のための労働にさしつかえる。そこで明るいうちに庭にあるかんたんなかまどに羽釜をかけてお湯をわかし、乾麺をゆでるだけの「ひっぱりうどん」がはじまるのだった。

たれはふたつ。ひとつは納豆+ねぎ+醤油、ひとつは味噌+マヨネーズ+ねぎ。ねぎを切るだけの手間で、熱いうどんをからめて食べるとふしぎにおいしい。味噌とマヨネーズはおばあさんのオリジナルでおどろきのおいしさだ。

家でも冬にはよく釜揚げうどんを食べる。ゆであがったうどんを鍋ごと食卓に出して、おのおの麺つゆにつけて食べる。鍋の中はうどんだけなので、べつにおかずを用意していたのだが、あるとき思いついて、うどんといっしょに野菜などもゆでてみた。そしたらいけるんですね。

色や香りのたちすぎるものは避けて、たとえば薄く切った大根、しいたけ、白菜、豆腐、ねぎ、しょうが、などをうどんの出来上がり時間から逆算して、ちょうどよく煮えるように入れていき、最後に水菜をぱっと投じたら火をとめる。うどんの塩味がほんのりきいているせいだろうか、うまく煮える。ねぎやしょうががすでに入っているので薬味は七味があればじゅうぶんだ。

ほかにおかずはいらないという観点からは引き算かもしれないが、鍋の中をのぞけば足し算にも思える。どちらにしても、かんたんでバランスがとれている。唯一の難点はおいしくてつい食べ過ぎてしまうこと。

「青空文庫」のなかで、うどんをよく食べているのは織田作之助など西の方の作家たち。なかでも林芙美子と種田山頭火の作品には多く登場する。あたたかいうどんはおなかを満たす放浪の友だったのかもしれません。

かたや納豆は東の人の好きなもの。

「私は、筋子(すじこ)に味の素の雪きらきら降らせ、納豆(なっとう)に、青のり、と、からし、添えて在れば、他には何も不足なかった。」(太宰治「HUMAN LOST」)

もちろん朝ごはんです。

「納豆の糸のような雨がしきりなしに、それと同じ色の不透明な海に降った。」(小林多喜二 蟹工船)というのに行き当たった。納豆もこうした風景になると、奇妙なおいしさに反比例するかのように、存分に厳しい。


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by suigyu21 | 2017-11-29 21:59 | Comments(0)