水牛だより

引き算レシピ12 塩をつける

食べようと手に持っただけで、すでにすっぱい。すぼまった口の中には唾液が充満してくる。梅干ではありません、夏みかんです。

十代に達するまでにまだ二、三年はあったあのころ、夏みかんが好物だった。いまなら「超」とつけたいほどの強い酸味に少しの苦さ。小皿に盛った塩をたっぷりとなすりつけて一個まるまるをひとりで食べ終わるころには、塩と酸の作用によって唇は真っ白にふくれあがり歯はギシギシになる。でも少女の想像上の麻薬の効果のように全身は爽快となる。

クエン酸プラス塩分を摂取して元気になったのね、と今の知識で説明はできるが、あの味はもう今はない。右肩上がりの経済状態と比例して甘さが好まれるようになって、夏みかんは甘夏に人気を奪われた。いま夏みかんと呼ばれているのは甘夏のことであり、昔の夏みかんとはちがう。夏みかんを愛した者にとっては甘夏はなんだか中途半端な味がする。

正式には夏橙という名を持つ夏みかんは、一七〇〇年ごろに山口県長門市の海岸に漂着した種子から広く栽培されるようになったという。文旦の血を引く自然雑種、と分類されている。いったいどこから海を渡ってやって来たのだろう。名も知らぬ遠き島より、と思いたいところだが、近いところから流れ着いたのではないだろうか。あまりロマンチティックな気持ちにはなれないのは、みかんという味からはみだすエキゾティックな要素がなかったからだ。それに四国や九州では江戸時代から文旦は栽培されていたようだし。

果物は完熟していやが上にも甘くなったものより、ちょっと手前の未熟な青い感じの味が好ましい。初めてタイを訪れたのはもう四半世紀も前のことだが、そのとき未熟のマンゴーやグアバを食べる習慣があることを知ってうれしかった。カットされて売っているまだ固い果実には必ず塩と唐辛子が入った小さなビニール袋がついていて、それをつけて食べるのだ。おいしさが複雑になって、いくらでも食べられるのが難点だった。

夏みかんになすりつけていたのは専売公社が売っていた真っ白な「食塩」だった。塩といえばそれしかなかったあのころ。一九九七年に専売法が廃止され、さらに二〇〇二年には完全自由化されて、日本や世界のいろんな土地のいろんな種類の塩が手に入るようになった。ほんの微量のミネラル分がそれぞれの土地の塩の味を際立たせているのを確かめるのは楽しい。赤い粘土が混ざってオレンジ色したハワイの塩をつけた夏みかんはどんな味がするのだろうか。色のとりあわせがきれいで、いかにもおいしそうだ。

岡本かの子に「百喩経」という小品がある。その「前言」によれば、「百喩経(ひゃくゆきょう)は、仏典の比喩経のなかの愚人(仏教語のいわゆる決定性(けつじょうしょう))の喩(たと)えばかりを集めた条項からその中の幾千を摘出したものである。但し経本には本篇の小標題とその下の僅々二三行の解説のみより点載しては無い。本文は全部其処(そこ)からヒントを得た作者の創作である」。岡本かの子は仏教研究者でもあった。

十あるコントの最初は「愚人食塩喩」で、「塩で味をつけたうまい料理をよそで御馳走になった愚人がうちへ帰って塩ばかりなめて見たらまずかった」という解説の後に展開するのは、なんにも味のない気になる若い男に「すこし塩をつけて喰べてみ」たらどうなったか、というおはなし。当然、未熟の果物のようにおいしいだけですむはずはないのでした。おとなしい男にはすこしの塩でも利きすぎることを忘れてはいけない。


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by suigyu21 | 2017-12-07 18:10 | Comments(0)