水牛だより

引き算レシピ8 きゃべつのおかゆ

野菜をゆでて食べるなら、まず歯ごたえよく、さらに色よく仕上げたいと思う。だから、頃合いをみはからって短時間でお湯から引き上げる。というのが常だった。しかしイタリアには野菜をほとんど歯ごたえのなくなるまでゆでたり蒸したりする食べかたがあるらしいことを本で知り、「ゆでカリフラワー」なるものを半信半疑でやってみた。

やってみたといっても、塩を入れたお湯に丸のままのカリフラワーを入れて、ふたをして中火でゆでるだけ。くずれる寸前までやわらかくゆでたカリフラワーをそっと取り出してざるに上げてお湯をきり、小さな房に分けて塩とオリーブオイルをかけて食べる。たったこれだけのことなのに、なぜこんなにおいしいの? 口のなかでやわらかく甘くとけていく。「ゆでさやいんげん」というのもあって、こちらはやわらかく蒸し煮にしたものを塩とオリーブオイルににんにくを加えてあえる。やはり、甘い! やわらかくなるにしたがって野菜の成分のなにかが変化して甘くなるのかな。どこかごちそうという感じの味になっている。

三年くらい前に発見したこの調理法をまたしみじみと見直すことになったのは「ともしい日の記念」(片山廣子)を読んだから。

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米一合に小さいきやべつならば一つ、大きいのならば半分ぐらゐ、こまかくきざんで米と一しよにぐたぐた煮ると、米ときやべつがすつかり一つにとけ合つてしまふ。うすい塩味にして、それに日本葱を細かく切つて醤油だけで煮つけて福神漬ぐらゐの色あひのもの、まづ葱の佃煮である、これをスープ皿に盛つたお粥の上にのせて食べる。宿屋のお勝手で教へられたとほり作つてみると、温かくて甘くすべこく誠によい舌ざはりであつた。

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敗戦直後の軽井沢で、著者と同じ宿屋の二階に二人の子供があるアメリカ人一家が、「夕飯の時はきまつた量のパンと一品の肉料理、野菜と、そのあとでお粥をたべた」という、そのおかゆなのである。ゆでカリフラワーの味を経験していれば、きゃべつのおかゆのおいしさはズバリ想像できる。「このごろ食べるものはそれ程くるしくないのできやべつのお粥なぞ久しく忘れてゐたが、これは今食べても中々おいしい」と、ちゃんと書いてある。ぐたぐた煮るとなれば冬のしっかり巻いたきゃべつがよさそうだ。葱の醤油煮がさらに想像をかきたててくれる。

ともしい日、とは戦争中と戦後の食べるもののなかったころをいう。乏しく苦しかった日の記念日として年に一度「こんなきやべつのお粥とか砂糖なしの塩あんしることか、肉なしコロツケとかいふやうな献立を考へて、それもそれなりに愉しくおいしく食べてみたらどうかと考へる」。

「ともしい日の記念」は一九五三年出版の『燈火節』に収録されている。片山廣子は一八七八年の生まれだから終戦の年には六十七歳だった。日々食べるものから見出された「何とかして健全に愉快に生きつづける工夫」を静かに受けとめていきたい。

一九一〇年代からアイルランド文学を翻訳・紹介した松村みね子は片山廣子のもうひとつの名前です。


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by suigyu21 | 2017-11-30 20:53 | Comments(0)