水牛だより

引き算レシピ3 つるんと甘い

夏を涼しくすごすのは、冬あたたかくというのより、いろんな工夫がいる。今は夏でも冬でもできるだけ外界を遮断した部屋でエアコンをオンにすれば、とりあえず涼しくもなりあたたかくもなる。けれども、外の世界をむりやり無関係にすることで成立しているその涼しさといいあたたかさといい、それほど快適なものとは言えない。

こどものころに暮らしていた家は木造平屋で、あちこちすきま風が通りぬけていた。ごはんのあとに食卓で父が吸う煙草の煙はまっすぐにのぼってはいかれず、いつも斜めにたなびくのだった。長谷川時雨の『旧聞日本橋』を拾い読みしていて、そんなことも思い出した。

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ふと、自分の家の午後も思出さないではない。みんなして板塀(へい)がドッと音のするほど水を撒(ま)いて、樹木から金の雫(しずく)がこぼれ、青苔(あおごけ)が生々した庭石の上に、細かく土のはねた、健康そうな素足を揃えて、手拭で胸の汗を拭(ふ)きながら冷たいお茶受けを待っている。女中さんは堀井戸から冷(ひや)っこいのを、これも素足で、天びん棒をギチギチならして両桶に酌(く)んでくる。大きな桶に入れた素麺(そうめん)が持ちだされる時もあるし、寒天やトコロテンのこともあるし、白玉をすくって白砂糖をかけることもある。
(長谷川時雨「流れた唾き」)

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やりましたよ、水撒き。板塀がドッと音をたてるのがおもしろくて、もういいかげんにやめなさい、と大人に言われるまで。知らぬ間に自分もびしょぬれになっている。つるんとした食べ物は自然な夏の工夫だ。昭和の少女は素麺をお茶受けではなくもっぱらお昼に食べた。寒天は塩えんどうとあわせて黒蜜をかけるのがおいしい。トコロテンも寒天なのに、細長いかたちは甘さと似合わない。だから葱と紅ショウガとカラシをのせて酢醤油で。暑い昼下がりに酢にむせながら食べるのが正解です。

白玉に白砂糖をかける、これ以上は引くもののない食べかただ。白砂糖は明治維新後に日本にもたらされたらしい。少女の時雨が食べていたのはきっと今より精製の度合いが低い白砂糖だったのだろう。できたてのむっちり白玉をよく冷やしてとろりメープルシロップをかけることを思いつく。サトウカエデの樹液を煮詰めてできたメープルシロップも砂糖だから、夏の午後のお茶受けにつるんと甘く、きっといける。

青い梅が出たらシロップを作る。梅と同量に砂糖を用意するだけ。梅はきれいに洗ってヘタをとり、皮を半分残してまだらにむく。ビンに梅と砂糖を交互に入れると、入れるそばから梅のエキスがしみ出してきて楽しい。毎日朝と夜にビンを揺すって、とろりとしたシロップにしわしわの梅が浮かぶ状態になれば出来上がり。梅はとりだして、シロップを冷たい水や炭酸水でうすめて夏中楽しむ。ことしはいろんな砂糖を混ぜて作って、白玉にかけてみよう。

江戸ッ児は「ほろびゆく江戸の滓」だったのかもしれないと長谷川時雨は書いているけれど、文明開化のあとの明るさが日本橋のひとたちの暮らしの上にあるのを感じる。その暮らしを支えていたものは、わたしが木造平屋の家に住んでいたこどものころまではすんなりとつながっていたのだった。


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by suigyu21 | 2017-11-28 21:06 | Comments(0)