水牛だより

メモを活用する

机の上の目の前にはパソコンがある。そして、仕事にかかわる作業や連絡などはすべてこのパソコンを使う。だから必要なことはすべてパソコンのなかにあるのだ。

パソコンのなかの必要事項はたいてい目の前には表示されていない。目の前にないいろんなことは忘れてしまう。そもそもそういう性格のところに加齢というファクターが加わって、忘れることは自分にとってのデフォルトでであるという認識に達している。

だから、忘れてはいけないと思うことはパソコンの脇に置いてあるメモ用紙やノートブックにメモしておく。夜寝る前にメモしておくと次の日に起きたときには覚えている。手を動かして、インプットを確実にする、ということなのだろうか。

用済みのメモは捨てる。ゴミ箱に入れる前に一応確認すると、なにかから書き写したようなメモも混じっていて、それは案外おもしろいのだ、おもしろいと思ったから書き写したのだから、二度目でもおもしろいのは当然といえば当然だけど。二度楽しんでから、すべて捨てていた。

メモが主役のような本を最近2冊読んだ。デイヴィッド・マークソン『これは小説ではない』という(タイトルに笑う)小説とジョルジュ・ペレック『考える/分類する』というエッセイ。メモという断片を編集する楽しさが浮上してくる。この2冊はおそらく目的がまずあって、そのためのメモを集めたのだろうと思うけれど、目的にとらわれないで、ただそのときに必要だったメモを集めて並べてみようか、と思いつく。

そのためにはメモを捨ててはいけないわけだ。とりあえず、ゴミ箱でなく空き箱にでも投げ入れておく。そして、半年くらいたったら、それを床にならべてみよう。そこから何か思いつくかもしれないし、まったくダメだったら箱ごと捨てればいいのだし。
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by suigyu21 | 2016-07-29 20:54 | Comments(0)