水牛だより

この春の満喫をメモしておこう

ほら、庭に出たふきのとうよ、と友人がくれたのが二月の終わりで、その日が春のはじまりだった。背骨がのびるような苦い春。三月に届いた小泉循環農場の野菜の箱のなかの一番上にはふきのとうがのっていて、背骨はさらにのびた。

四月には小豆島の友人から、好物の菜の花が届いた。彼女の飼っているヤギや、知り合いの豚も食べ飽きるほど食べてもまだまだたくさんあるからということだった。どうやら動物にとっては毒も含まれているらしい菜の花は、写真を見ると温室のなかでほぼ満開状態だったけれど、花開く前の枝を選んで刈ってくれた新鮮なものは炒めても茹でても苦くて甘い。また背骨がのびる。

そして、たけのこ。たけのこが出る庭を所有している友人がふたりもいる。だから食べるのは彼女たちからもらうたけのだけだ。集中して食べるので、一年にこのときだけで足りる。

それから「農家さんの野菜」でそらまめや春キャベツ、緑色の濃いうど、細いアスパラなどを調達しているうちに、明日は五月だ。きょうはことしの春の最後の日かもしれない。さあ、カレンダーをめくらなくては。


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# by suigyu21 | 2017-04-30 20:54 | Comments(0)

片隅でその日を暮らす

近くのスーパー・マーケットで取り扱っている「農家さんの野菜」が一気に春めいてきた。アブラナ科の葉っぱがどれもおいしい。山形産の小ぶりな小松菜を見ると、つい買ってしまう。彼の地はまだ冬だから、小松菜もまだ旬なのだろう、柔らかくて繊細なおいしさ。食べているうちに体が青くなっていくような気がする。「農家さんの野菜」はどこの誰が育てているのかわかる仕組みで、いろんな野菜があるのがすばらしい。農家さんの規模もいろいろみたいだ。野菜を見ると、大量生産の規格からははずれているような気がするが、私のようにそれを好む消費者はいるのだった。

だからこのごろはまずこの小さな「農家さんの野菜」のコーナーをくまなく見て、その日おいしそうな野菜を買うようになった。それからどう調理するかを考える。先に献立を決めることはほとんどなくなった。東京の片隅におけるその日暮らしはこの程度のことではあるけれど、とりあえずは今日というその日がある。


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# by suigyu21 | 2017-02-27 21:40 | Comments(0)

子供の病気

年末に風邪をひき、それから中耳炎になった。耳鼻科で「中耳炎と言われたら」というパンフレットをくれた。見ると、好発年齢は6ヶ月から6歳となっている。子供の病気なのでした。しかし大人もたまにはなる。事実私の片方の耳はまだつまった感じだし、インターネットで調べてみると、治療法はあってなきがごとくで、いつ治るのかわからない。治るかどうかもわからないらしい。治らないと聴力が落ちたままになるらしい。ちょっとした不調でもそれは全身に影響を及ぼす。お正月のお酒は飲んでもだいじょうぶと医者は言ったが、なんとなく及び腰になっている。健康というものはあやういバランスの上に成り立っていることをつくづく思い知った年越しだった。

「Like a Water Buffalo(水牛のように)」というCDのことを下に書いたが、それよりももっと前の、カセットテープが主流のころのことを思い出した。水牛で『フジムラ・ストア』というカセットテープを出そうという話になって、しかし資金が足りない。そこでいつも水牛を支援してくれる周囲の人たち20人に声をかけた。ひとり一万円を出資してもらい、カセットテープが売れたら(いつと特定はできないけれど)出資金は返す。カセットテープを進呈して、それが利子がわり。ということで、無事に出資金が集まり、作ったカセットテープを売って、出資金は無事にみなさんに返却した。
最近はクラウド・ファンディングが盛況で、おもしろそうな試みには自分でも出資したこともある。出資金は戻ってこない。納得して協力しているのだから、それはそれでいいのだが、水牛は資金をもらってしまうことまでは考えなかった。どうしてだろう。出資してくれた人たちが知り合いだからという理由だけではないような気がする。


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# by suigyu21 | 2017-01-01 16:10 | Comments(0)

10年たって

「Like a Water Buffalo(水牛のように)」というCDを水牛レーベルで出したのは2005年4月のことだった。プロデュースは御喜美江+水牛。ネットで販売するための紹介にはこんなふうに書いた。

高橋悠治作曲のアコーディオン・ソロ「Like a Water Buffalo」
この曲のもとになった詩と歌ではじまり、4人のソリストが母国語で詩を朗読し、演奏します。
・フリードリヒ・リップス(ロシア)
・エルスベート・モーサー(スイス)
・マッティ・ランタネン(フィンランド)
・御喜美江(日本)

それぞれ全く異なった風土と文化の中で育った4人
それぞれ異なったシステムのアコーディオンを演奏する4人
全く違った言葉を母国語とする4人
レパートリーも演奏スタイルも頗る違う4人
「Like a Water Buffalo」の種をその地に蒔き、水をやり、日を照らし、育ててきた4人

Song for 'Water-buffalo'----the original poem and song
01 Poem read by Wendy Poussard
02 Song played by Suigyu (Water Buffalo) Band

Like a Water Buffalo----for accordion solo
■ Friedrich Lips
03 Poem in Russian
04 Bayan solo
■ Mie Miki
05 Poem in Japanese
06 Accordion solo
■ Elsbeth Moser
07 Poem in German
08 Bayan solo
■ Matti Rantanen
09 Poem in Finnish
10 Accordion solo


たったひとつの短い曲を複数の人が演奏し、それだけでなく、演奏者による詩の朗読も収録するというアイディアは、御喜美江さんから演奏者への呼びかけがなければまず実現できなかったものだ。この曲への愛があり、アコーディオン奏者への愛があり、水牛への愛がある、そんな御喜さんが結んだひとつのかたちが一枚のCDに納められている。ブックレットも充実していて、紙のジャケットがはちきれそうなほどだ。

夏の終わりの夜、東京に戻っていた御喜さんたちと会って飲んだ。そのときにこのCDの在庫がもうないので、少し増刷(というのかな)しようかという話になった。マスターは残ってはいるはずだから、増刷はとても安く作ることができる。しかし、そんなことをしなくてもよいのではないか。演奏した四人が必要ならば、勝手にすべてをコピーして売るなりプレゼントしたりすれば、それがこのCDにとってはもっともふさわしい、ということで、御喜さんとは意見が瞬時に一致した。いわゆる、禿同、ってやつですね。

CDを作ったからといって、水牛がそのCDについてのすべてを把握していなくてもいい。その後はそれが一人歩きして、必要な人に愛されてくれればそのほうがずっといい。


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# by suigyu21 | 2016-09-13 20:00 | Comments(0)

メモを活用する

机の上の目の前にはパソコンがある。そして、仕事にかかわる作業や連絡などはすべてこのパソコンを使う。だから必要なことはすべてパソコンのなかにあるのだ。

パソコンのなかの必要事項はたいてい目の前には表示されていない。目の前にないいろんなことは忘れてしまう。そもそもそういう性格のところに加齢というファクターが加わって、忘れることは自分にとってのデフォルトでであるという認識に達している。

だから、忘れてはいけないと思うことはパソコンの脇に置いてあるメモ用紙やノートブックにメモしておく。夜寝る前にメモしておくと次の日に起きたときには覚えている。手を動かして、インプットを確実にする、ということなのだろうか。

用済みのメモは捨てる。ゴミ箱に入れる前に一応確認すると、なにかから書き写したようなメモも混じっていて、それは案外おもしろいのだ、おもしろいと思ったから書き写したのだから、二度目でもおもしろいのは当然といえば当然だけど。二度楽しんでから、すべて捨てていた。

メモが主役のような本を最近2冊読んだ。デイヴィッド・マークソン『これは小説ではない』という(タイトルに笑う)小説とジョルジュ・ペレック『考える/分類する』というエッセイ。メモという断片を編集する楽しさが浮上してくる。この2冊はおそらく目的がまずあって、そのためのメモを集めたのだろうと思うけれど、目的にとらわれないで、ただそのときに必要だったメモを集めて並べてみようか、と思いつく。

そのためにはメモを捨ててはいけないわけだ。とりあえず、ゴミ箱でなく空き箱にでも投げ入れておく。そして、半年くらいたったら、それを床にならべてみよう。そこから何か思いつくかもしれないし、まったくダメだったら箱ごと捨てればいいのだし。
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# by suigyu21 | 2016-07-29 20:54 | Comments(0)

黄色の夏

リモンチェッロというイタリアの食後酒を知ったのはそう遠い昔のことではない。レモンの香る甘くて強いお酒は消化を助けるといい、ちいさなグラスでくいっと飲む。冷凍庫に入れておくと、アルコール度数が高いので、凍って固体になることはないが、とろりとしてとてもおいしい。もともとはイタリアの南のほうの大きなレモンを使って、家庭でつくられていたもののようだ。

つくりかたも調べて知ってはいたが、強い醸造用アルコールを使うのでそれをどこで調達すればいいのかわからなかったし、レモンの皮だけ使うから、皮をむいた後の白いワタに包まれたぶよぶよのレモンが残り、それの始末もどうすればいいのかと迷って、なかなか実行に踏みきれなかった。

ところがここに、醸造用アルコールではなく、ジンを使い、レモンの皮だけでなく、実もあまさず使うというレシピを知った。そのレシピを読んでいるだけで、おいしいに違いないことがわかる。ジンとレモンと氷砂糖だけあれば出来る。自然食品のお店も近所にあることだし、材料はそろった。次の日に仕込むつもりだったが、待ちきれず、夜のうちに作業開始。この場合、とにかくレモンの皮と実のあいだにあるワタを取ってしまえさえすれば「雑味」がないということのようだ。

皮をうすくむいてジンにいれると、みるみるうちにジンは黄色く色づいてくる。もっと強いアルコールだと、皮は白くなるまでその黄色い成分が溶け出すようだが、ジンはそこまではいかない。そこに氷砂糖と混ぜた果肉を入れて、じっと待っている。ちょっと味見をしたが、うん、おいしい。時間がもっとおいしくしてくれるのかもしれないが、香りが立つうちに飲んでしまおう。

3リットルのガラス瓶の3分の1ほどに黄色い液体が入っているのを見るのが楽しい。一日一度、瓶を振って撹拌する。
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# by suigyu21 | 2016-06-15 22:18 | Comments(0)

みかんの花咲くまがり角

深夜だった。駅から自宅への帰り道で、最後の角をまがると、みかんの花のつぼみが無数に見える。家の隅に好き勝手に伸びているたった一本のみかんの木だが、去年ある程度の剪定をされて、スカスカになっていた。でもだいじょうぶ、というのか、もっとすごいといったらいいのか、ほんとうに無数のつぼみだ。いまにも開きそうな一枝を記念に失敬して、作業用の机の上に置いておくと、乾燥してからでもいいにおいが残っている。ネロリという精油を知っていれば、ああ、あの香り、です。花を鼻先に持っていって香りを味わえば、心も体も一瞬ではあれ、すっきりして、この世界をそのままに受けいれてしまう。

体の老化が安定したのか、いまはどこといって特に調子の悪いところがない。睡眠さえ足りていれば仕事も出来るし、遊ぶのも楽しい。なにもしないでぼんやりしているのは最高だ。以前ひどい五十肩になった。ずばり五十代のときのこと。そのときにあれこれ聞いたり読んだりしたなかで、もっとも説得されたのは、体のどこもかしこも等しく老化が進むわけではないということだった。体のそこかしこの老化の進み具合の軋みが五十肩となってあらわれる。痛いのも動かないのも、老化が安定するにしたがって知らぬ間に治っていく。不安定と安定を繰り返していくのだと考えれば気楽になろうというものです。
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# by suigyu21 | 2016-04-29 20:50 | Comments(1)

エイプリル・フール

三月は毎日のようにフェイスブックからお知らせのメールが届いた。フェイスブックに登録はしているものの活用していないので「おともだち」関係も少ない。それなのに「きょうは誰とかさんのお誕生日です」というメールが毎日のように届く。これまで自覚していなかったけれど、三月生まれの友人が多いのだった。星座でいうと魚座と牡羊座の人たちであり、てんびん座の私とは相性がよくないとされている。それなのにこのありさまはどうしたことか。まるで四月馬鹿でだまされたような感じがする。

1997年、45歳で肺がんのため死んでしまった数住岸子は春のお彼岸に生まれたので、岸子という名前がついた。発音しにくい名前を、毎年三月には必ず思い出す。彼岸で元気にしているような気がする。
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# by suigyu21 | 2016-04-01 21:14 | Comments(0)

詩のなかの彼女

津島佑子さんが2月18日に亡くなったと知って、まず最初に会ったときのことを思い出した。ある会合の休憩時間にトイレに行ったら、彼女がそこにいて、煙草を喫っていた。喫煙室ではなくトイレというのが「女子高生みたいね」と言って笑いあった。

しばらくして藤井貞和さんが書いた詩で、また彼女に出会った。詩のなかで「全くのフィクションです」と書かれているが、そのフィクションが好きになった。

書かれなかった『清貧譚』試論のために
藤井貞和

与えられる六十八行によって
「小説」を書こうと思います
いま一九八二年十二月二十四日午前十一時ちょうど
あと一時間しかありません
午後にはアルバイトの原稿を10枚
書かなければなりません
ゆうがたには外出して
この作品とそれとを入稿することになっています
すでに八行、経過しました
と書いたら、九行めも経過しました
あせってきます
波打ち際が見えます
以下に書くことは全くのフィクションです
「小説」について考えているのです
ちょうど十年前の今月今夜のことです
小説を書きはじめていた津島佑子と、短い旅行をしました
「ねえ
あなたのいちばんすきな
太宰治の作品は
なに?」
と彼女が尋きました
ああ、重要な質問だ、とわたくしは緊張しました
津島佑子のほんとうのなまえは里子と言い
お里沢市からつけられたのです
晩年の太宰が娘のために
里子とつけたのはしみじみします
わたくしはそくざに
『清貧譚』と答えました
太宰の娘の両のひとみから
おおつぶの涙があふれ出ました
おしとどめようのない涙です
彼女はひとことも言いませんでした
翌日は津軽まで出て、帰京しましたが
その後の彼女はそのことをすっかり忘れたようです
わたくしはそれとなく母親の美知子さんに会う機会を得ました
佑子さんと旅行したことは伏せて
あのおおつぶの涙についてだけ話題にしてみました
母親は
それを聞くと
すぐに言うべきことばがないようでした
それからしずかに
「あれは里子にも話していないことです」
とおっしゃって
こんな話をなさいました
昭和十六年十二月のことです
太平洋戦争が開始されたか
開始されようとしているころです
太宰は『清貧譚』を書きあげると
美知子さんをまえにして
その全文、朗読してきかせたのです
あとにもさきにもないことでした
太宰は泣きながら朗読しました
芸術か
実生活か
苦悩をひとつに
清貧のなかで
戦時下の日本の
たったひとりと言っていい
創作の灯をかかげつづけた太宰
ほかの文学者がなすところもなく言葉を失っていたときに
ひとり太宰は
『お伽草子』を
『津軽』を
『右大臣実朝』を書きました
あれは『清貧譚』から出てきた清流なのです
あのおおつぶの涙は、娘の涙を借りて
太宰が流した涙ではなかったか
美知子さんはそうおっしゃいました

いっしょに居酒屋に行ったとき、「わたしはやっぱりこれよね」と言って津島さんがオーダーしたチュウハイは「津軽」という名前だった。そういう津島さんの人柄と、彼女が書く小説、そしてこの詩に登場する津島さんとの間には矛盾はなにもないと感じる。

この詩が好きになり、それならばと『清貧譚』『お伽草子』『津軽』『右大臣実朝』をせっせと入力して、青空文庫で公開した。1999年から2000年のことだった。四つの作品はとてもおもしろく、ここから読み始めたなら、太宰も少し違う印象があるだろうと思えた。でも入力したのは太宰の作品のためというよりは、この詩を書いた藤井さんと、詩のなかの津島さんのためだったのかなと今は思う。同じときに生きているから起こった偶然の出来事のひとつです。

詩の後から3行目の「娘の涙を借りて」という文言は『ピューリファイ!』に掲載されたときにはなく、のちに加えられた。だからこれは改補版です。
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# by suigyu21 | 2016-02-27 23:40 | Comments(0)

1月31日、日曜日

きょう1月31日が誕生日の人をふたり、知っている。ふたりとももう亡くなっている。ひとりは身内で、もうひとりはフランツ・シューベルトだ。

それが暖かな日でも寒い日でも、冬のある日にシューベルトの「冬の旅」を聴くのはいい。CDでもいいけれど、生のコンサートならもっといい。ことしは高橋悠治+波多野睦美のを聴けてよかった(1月25日、東京オペラシティ・リサイタルホールで)。2月にはディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ+アルフレート・ブレンデルの演奏を笠井叡さんが踊る。どんな演奏についても人にはそれぞれ好き嫌いがあると思うけれど、チャンスがあればどんな演奏でも聴いてみたほうがいいと思えるのが「冬の旅」だ。フィッシャー・ディースカウをはじめ、たくさんの歌手がライフワークとしているし、斎藤晴彦さんの日本語で歌う「冬の旅」は冬のたびに何年も続けた。きっと波多野さんも。曲そのものにそういう力があるのだろう。

「冬の旅」を聴くたびごとに、寒く暗い冬の旅というのは、人間がつくってきた世界の基本の姿で、人間として生まれたこの世のデフォルトなのだなと強く感じるようになった。冬とは自然の季節や気温だけの問題ではないと思うのだけれど、まちがっているだろうか。今朝、SNSのタイムラインに流れてきたフランツ・カフカbot。「身を落ち着けることができないという空しい絶望。苦悩に満足したとき初めて、ぼくは立ち停まっていることができる。[日記1914年11月25日]」
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# by suigyu21 | 2016-01-31 19:38 | Comments(0)